僕は不思議なシューズを指定された通りに箱に入れ、封をして町で一番見晴らしの良い場所にそうっと置いた。これでどこにも行けない。ここではないどこかへ、二度と行くことはない、きっと。
 もう僕は隣の走路を走らない。平行世界を走らない。
 夕暮れのオレンジを掻き分けるかのようにここを目指して光が飛んでくる。それを確認したのと同時くらいに、シューズ入りの箱が溶けるように消えていく。
 記憶が薄れてしまう前に、この奇妙な思い出を反芻してみようかと思う。



サニデイ・トリップ


 尊敬している先輩が居ます。ひとつ年上で、かっこよくて優しくて、誰よりもきれいに速く走る人。 風丸さん。出会った場所は中学の陸上部。今先輩が居る場所は、サッカー部。日本で一番強くて立派なチーム。
 一緒の部活で頑張った思い出はあまりにも短いけれど、とても、とても特別で、楽しくてきらきらしていて、大好きだった、大切な時間です。

 そのサッカー部の雷門中への凱旋。真っ青に晴れて澄み渡った空を抱えた真昼。サッカー部最良の日。中学サッカーの日本一を決める大会・フットボールフロンティアで優勝を果たした彼らが、雷門中に帰ってきたのだった。 喜色満面のイレブンをもみくちゃにする、祝福と喜びに溢れかえる人波を掻き分けに掻き分けて、僕は風丸さんの隣をしっかり陣取った。

「風丸さん!風丸さん、優勝おめでとうございます!風丸さんはかっこいいです、本当に、かっこいいです、すごいです!」

 夢中になって風丸さんの腕を掴んでしまったし、もっとすごい言葉でおめでとうを伝えたいのにうまく伝えられないし、もみくちゃなのは僕の頭の方だった。
 風丸さんはありがとう・と言って僕の背中をぽんぽんと叩いて笑ってくれた。嬉しくて嬉しくて笑い転げてしまいそうだった。
 陸上部にはいつ戻るんです?なんて冗談でも聞けないような盛況ぶり。風丸さんのスター選手っぷり。そうさ、もう決着はついたし、僕は何があっても風丸さんを応援することをとっくに決意しているんだから。



 お祭りが終わって部室に戻ると、部でまとめて発注していた新しいシューズやらウェアやらが届いていた。 大きい段ボールへいの一番に走り寄るのは速水先輩。テープと伝票を躊躇なく引き破り中の物をどんどん取り出していく。
 手伝いますよ、と声を掛けると、うい!と靴箱を満面の笑みと共に渡してくれた。

「ランシュー宮坂だな!」
「はぁい、ありがとうございます」

 箱も商品名も確かに頼んだメーカーのものだった。でも中身、シューズのデザインが店頭で確かめたのとちょっと違う気がする。 型番間違えなのかマイナーチェンジ品を頼んでしまったのか、でも履いても走っても問題なかったから、わざわざカタログなんかを見て照合する気も失せてしまった。


 一週間後だった。河川敷を見下ろす大橋をいつもより速度を上げて渡りきってみると、稲妻町であって稲妻町ではない場所に僕は辿り着いていた。
 どうしてすぐに分かったかっていうと、『雷門中サッカー部フットボールフロンティア 準優勝おめでとう!』ポスターやら垂れ幕やらがどれもこんな調子だったから。
 神様!とか風丸さん!なんて言う前に、ドラえもーん・・・と情けない声が僕の唇から勝手に零れた。