つまりこれが、




12月20日はもう目前だった。12歳最後の夜をそわそわと、葵剣太郎は過ごしている。明日の夜は焼き肉、それにケーキ。5日も経てばクリスマスで、またケーキ。剣太郎の楽しみは、この年末近い一週間に凝縮されている。

(最初に誕生日を祝ってくれた子とお付き合いできる、最初に誕生日を祝ってくれた子とお付き合いできる!)

一日中唱えていた得意のセルフプレッシャーは、いつの間にかただの願望となっている。
先日ようやくアドレス交換ができたB組の可愛い子からのメールを期待しているのだ。
しかし剣太郎はハッとする。
小さな声でそこに「最初に祝ってくれるのが家族なら、肉を多く食べられる」と、もうひとつお願い事を増やした。

突然、携帯電話が毎週見ている戦隊モノのオープニングテーマを歌いだした。
大音量に飛び上がり、心臓をバクバク言わせたまま、フリップを開く。
それは2つ上の先輩からの着信だった。液晶画面の表示にサエさん。


「やった!オレの勝ち!」
電話に出るなり佐伯は嬉しそうに意味の分からないことを叫んだ。
「えっ?何、サエさん!」
「ああ、ゴメンゴメン。20日になったらみんなで一斉に剣太郎に電話して、誰が最初におめでとう言えるか、競争してたんだよ」
あれ?思って剣太郎は掛け時計に目を向ける。
「あーっ!じゃあサエさんズルだよ、フライングだもん!」
「あれ?そう?」
佐伯がにこにこ笑う顔が容易に想像でき、思わず剣太郎も笑みを零す。
「しかも2分も」
「あは、いいからいいから」
もお、と剣太郎は口を尖らせた。
だけど先輩たちが自分の為に電話をかけてくれることが嬉しくて、頬が緩む。

「ところで剣太郎、誕生日おめでとう」
「あっ、うん!ありがとう!」
「今日は久々に3年も全員参加するからね、練習」
「ほんと?じゃあサエさんシングルスやってよ!」
「ああ、楽しみにしてるよ。剣太郎の秋冬の成果!」
「うん」

そこでなんとなく会話が切れる。
佐伯はひと息つき、実は…と、切り出した。
「電話の競争考えたのバネなんだけどね」
「ああ〜言いそうだあ」
「おめでとうは絶対オレが一番に言いたかったんだ」
「え?」
はは、佐伯が笑う。
「部長と副部長の仲だし、えっとまぁ…とにかく最初に言いたかったワケ」
「うん、ありがとう…」
「あっ、なんだよ剣太郎、反応薄いぞ!」
「え?あ、ごめん!違くて…すごく嬉しいよ、でもびっくりしたんだもん」

びっくりしたんだもん、繰り返して剣太郎は、まだ自分の心臓が高速で鳴っているのを感じた。電話の音にまだ驚いているんだと、剣太郎は言い聞かせるように考える。

「喜んでもらえたなら嬉しいよ……名残惜しいけど、そろそろ切ろうかな。13歳ホントにおめでとう」
「うん、ありがとう!」
「じゃあね。あったかくして、早く寝なね。また部活で」
「うん、サエさんもね。おやすみ」


ふうう。
佐伯の声が聞こえなくなった携帯電話を握りしめ、静かにため息を吐く。妙に緊張していた。
さっきと同じ音量で着信が知らされる。さっきの佐伯の言葉の反芻にかき消される。

オレが一番に言いたかったんだ。

この言葉に自分の鼓動がこんなに踊るワケも、気恥ずかしい気持ちが起こるワケも、今の剣太郎には全く分からなかった。


佐伯から3回目くらいの電話でハッとし、いそいそと剣太郎は受話ボタンを押す。
「電話に出んわ、剣太郎」
「ダ…ビデ」
「一番誰?いっちゃん最初は樹っちゃんかい?」
「え?っと、サエさん」
佐伯の名前を呼ぶことに、どうしてか罪悪感に似たものを感じた。なんとなく早口になる。
「そう。あ、剣太郎。プレゼントは…」
「たい焼き?亮さんにも渡してなかった?この前」
「な、なんだ知ってたのか」
「見てた」
「まぁとにかく…おめでとう」
「うん、ありがとう!」



朝にもなればダビデは「おめでたい焼き」なんて言ってやって来るだろう。午後の練習に、3年生はぞろぞろとやって来てくれる。そして携帯電話は鳴り止まない。
嬉しいな、剣太郎の口元はふにゃりと緩んだ。


「あ!!」
あることを思い出す。たまらず赤面する。
『最初に誕生日を祝ってくれた子とお付き合いできる』
自分で唱えたおまじないだ。
「ど、どうしよう…」
呟きながらも何故か、サエさんなら別にいいや、と考える。
いや待て、なんで男なのにいいやなんて…
ぐるぐると思いが渦巻いて、もう何がなんだか分からなくなった。
鼓動が踊る、恥ずかしくなる。しかし今度こそ剣太郎は、その理由を見つけてしまった。

…サエさん、学校でまた笑っておめでとうを言ってくれるかな。
深呼吸をし、少し微笑んで電話を取る。競争3位はどうやら首藤のようだった。