イミテイション未満




シャツの汗ばむ、夏を模した秋。終わりきらない夏、始まりきらない秋。まどろっこしい季節だ。
そして。今までいつでもそこに居た、うるさい程に笑っていた、彼らはもうここには居ない。あなたが居ない。


遡り夏。

「ヒトウジコラァ!」怒号が飛んだ。
「ああん小春うー!」と違う声、悲しそうに楽しそうに、愛おしそうに。

「先輩らホントうるさいっすわ」
「ちょっと光!一括りにせんといてぇな!」

小春先輩の気持ちの正体は、恋愛遊戯だ。笑いのネタ、そういうキャラクター、現実だけど現実じゃない。
しかし、対するユウジ先輩の気持ちは、正体もクソもないほんまもんって奴で。
それらのネタばらし・を初めて見たときは仰天したものだ。
だけど、なんだかんだ言って小春先輩だって、ユウジ先輩を大切にしているのだ。
一緒にいないことが不自然な、2人組み。

だから無駄、無駄なのだ。
ユウジ先輩は俺をあんな風には見ない。
俺の気持ちの正体は、歪んだ憧れの錯覚なんだ。きっと、そうなんだ。
だってそうでなくてはならない。既に好きな人がいる同性の先輩に、恋する。そんな漫画みたいなハナシ。滑稽だ。


時巡り秋。

部活動、その日常はこれで雰囲気をころっと変える。晩夏、三年生の引退(そして時が経つにつれ、彼らが居ないことが新しい日常になるのだ、酷く自然に)。
秋のテニスコートは、ヤケにスカスカとしている。
足りないクセに完成している風景が、嫌だった。


午前、屋上。逃避はいつも衝動的に。菓子パンの入ったカバンを持って。
そして鉄製ドアを開いて最初に飛び込んできた景色は、きれいな秋の青空ではなく、

「ユ…ウジ、先輩」
「え?あぁなんや光か」
「なんやとはなんすか」

柵を握って立っていた先輩の、横に立つ。

「どないしたんすか、サボリなんて」
同じクラスに金色先輩がいるから、この人がそこを離れる筈無いのに。

「小春、明日県外に学校見学行くっつーんで休みなんや。今日のうちにそっち行っとくらしいで」

そう言ってユウジ先輩は有名進学校の名を挙げた。ああ、なる程。

「ほんで、おもんないからネタでも考えよ思て、はるばる屋上まで来たんや」
「ネタなんて教室でだって浮かびますでしょ」

先輩は少し沈黙する。しまった、と思う。
感傷的になってるんでしょ?俺みたいに。

「なあー光」
「なんすか」
「小春は桁違いに頭ええから、俺と同じ高校なんて絶対行かへんやろ。てゆか俺が行けへんのや。もう間に合わん。したらもう、ずっと一緒におれへん」
一緒にテニスできんのや。漫才できんのや。全然、会えなくなるんや。
そう呟いて、ユウジ先輩は俺の方を向いた。
そして、一瞬泣きそうな顔をしてから、信じられないことにぎゅっと抱きついてきた。
心臓が絞まる。
「そやろ光ー?!」
キモいっすわ、といつものクセで悪態が飛び出しそうになった。ぐっと飲み込む。少し、喉が熱くなる。
「…俺かて、寂しいすわ」
「ハア?!」
素早く先輩は俺から体を引き剥がす。
しまった。だけど止まらない。
「ウチは私立とちゃいますし、先輩らみんな同じ高校行くとは限らへん。したら同じチームでテニスでけへんでしょ」
ユウジ先輩は黙っていた。
「先輩ら引退して、新チームもなんやまだよう勝手分からへんし」
俺の目を凝視していた先輩は、一変して柔らかく笑う。寂しそう、に。
「……そやなあ…よしよし、光」
そう言って先輩は、俺の後頭部をがしがし撫でてくれる。
「今日の放課後の練習、行ったるわ」
「…おーきに」


それでも結局彼は違うヒトしか見ないし、俺の気持ちになんか気付かないけれど。
まだ手が届くうちは。まだ姿が見えるうちは。
少しでも一緒に笑っていたい。ややこしい感情をぶつけてしまわないで、おもしろおかしく過ごしたい。
まだ手が届くうちに。まだ姿が見えるうちに。