海の街に居る
「駅にバス使わなきゃ行けないとこには住みたくない」 がたん、ごとん。 練習試合帰りの電車、釣り革に掴まった亮が突然こぼした。 「電車に乗らなきゃ海に行けないとこにも住みたくない」 「じゃあ亮はずっと地元離れないつもりかい?」 「…そういうわけじゃないけど」 薄暗い、窓の向こうの景色が段々見慣れたものになってゆく。俺たちには帰るべき街がある、海がある。不満なんてどこにもない、大好きな場所がある。 いつかどこかへ行くのだろうか。いや、行くのだろう。 想像できない離ればなれを無理やり想像してみる。不安が押し寄せる。 「淳が」 「うん」 「このまま東京の高校行くかもしれないって」 「ほんとに?」 「もう一生、一緒に暮らせないのかなあ」 帽子の影に隠れた表情、窺い知ることはできなかったけれど。 気持ちならよく分かった。当たり前。俺たちは同じ場所で生きてきた。同じ海で過ごしてきた。 「東京の海は狭いよ。行ったことないけどきっと汚いよ」 「んー…島はどうかな?」 「は?」 「大島?とか、下の方にある島も、一応東京都だよ」 「…バッカじゃないの、サエ」 クスクス、彼は笑う。帽子の鍔をグッと下げながら。 「サエ」 「んん?」 「うーん…やっぱなんでもないや」 「はは、なんだよそれ」 がたん、ごとん。 俺たちはどこに行くのだろう?近い未来、遠い未来、やっぱり想像できない離ればなれ。 だけど、淳がしたようにいつかは決断しなくてはならない。 高校だの大学だの就職だの、今は何ひとつ分からないけど、 「俺も、電車に乗らなきゃ海に行けないとこには住まないことにした」 「だよね」 「海の傍に居ればさ、」 たとえ遠くに暮らしてても、繋がっていられる気がするしね。 |