カレンダーマーク




壁に貼ってあるカレンダーに派手な赤丸が付いている。いつだったか、部活のチームメイトだった千石が書いていったものだ。
「南っ!俺の誕生日、今年も忘れないでよねえ?」
寒い寒い冬の朝。赤丸の日。妙な緊張でドキドキしながら、家を出た。



3年教室前の廊下が、なんとなくいつもより騒がしい。
「キヨくん、誕生日おめでとー!」
「おめでとう千石!」
、なんて声が聞こえるのに当の本人の姿が見えない。あいつ、囲まれる程の人気者だったっけ?……うん、そうだった気もする。
あの輪を分け入って行く自信が無いので、俺はとりあえず教室に引っ込む。


授業の合間、トイレへ行くついでに千石の居る3組を覗く。なんとなく。
しかし、今日に限って千石はなかなか姿を見せなかった。いつもなら困ったタイミングでやって来て、俺を次の授業に遅刻させてくれる位なのに。
そのままぼんやりと、昼休みになってしまった。


「東方ー」
「おう南、おはよー」
昼ご飯はいつも、5組で東方と食べる。気まぐれにテニス部の面々がやって来ることもある。
たまごやきを放り込みつつ、尋ねてみた。

「東方、今日千石に会ったか?」
「ん?ああ。朝偶然一緒になって」
「おお」
「誕生日おめでとーっつって」
「……おお」

「あ、ちょっと食堂」
東方が立ち上がる。
「飲み物きれちゃった」
「ああ、俺も行く」
…ついでに、千石でも探しに。


食堂の奥の方から、クラッカーの鳴る音がした。まさか、と思って目を凝らす。…当然のように、そのまさかの風景。今日初めて見た千石は、友人に囲まれて笑っていた。
「わあ、派手だな」
午後ティーを持った東方が、遠い目で喧騒を眺めている。
「ああ、そうだな」
うん、遠いな。



6限が終わる。放課だ。
走って部活に行く、ということをしない生活に、そういえば随分慣れてしまった。その部活が無い今、いつもふらふらしている千石に確実に会える保証はないし、プレゼントも悩みすぎて買っていないんだけど。
どうしても探して会わなくてはならない気がしていた。会いたいと思った。
…脳裏で、赤い丸印がちらついている。
だけど居ない。どこにも居ない。仕方がない。どうしょうもない。


ふと。学校を出て最初にある信号に、見慣れた影が立っている気がした。
いや、居る。オレンジ頭がよく目立つ。千、石。
なんとなく早足になる。信号変わるな、変わるな、変わるな。…虚しくも、青になってしまう。
だけど千石は動かない。信号機の真下に立っている。そうこう考えているうちに、信号に到着した。

「千石!」
「あーっ!南ー!」
「今日探したんだぜ」「探したよー!」

あれ。声が重なる。俺の言葉に聞き返しもせず、千石はべらべら喋り出した。
「テニス部の他のみんなはお祝いしてくれたのにな!南なかなか居ないんだもん。だから待ち伏せしちゃったのよねー」
絶句する俺に、さらに千石は笑って言う。
「カレンダーの赤丸、今朝見てこなかったワケじゃないでしょお?」
「み、たよちゃんと。覚えてたよ。お前こそ教室に居ないし食堂でパーティーやらかすし…」
自分のしどろもどろさに呆れる。だけどびっくりして上手く話せない。
「ええー?見てたなら来てよもー!」
「無茶言うなよ…!」

信号が再び青になった。
「おっし、行こ行こ」
はしゃいで駆け出す千石に、釣られて俺も走りだす。
「え?ああ。どっか寄るの」
「ん?南ん家だけど?」
「ばっ…何を当然のように…」
おいおい…とも思ったけど、俺はなんだか、嬉しかった。俺が喜んでどうすんだ、って話しだけれど。

「あっ、千石!」
「んん?」
大事なことを忘れていた。
「誕生日、おめでとう」
「おっ、アリガトー南!」