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ユウジ先輩が小春先輩をずっと見てはるンを、眺め続けて2年目に入ってしまった。自分でもアホらしくなる。 男が好きだと言っている先輩を好きだと思う気持ちは、ギャグにもボケにもできない程に本気っぽくて、笑えたもんじゃなかった。 誰にも言わずに何でもない風を装って過ごすのにはもう慣れた。慣れたけれど窮屈だった。 全部自分の中の話だから誰にも文句は言えない。でもユウジ先輩が俺に突っかかって来るときは少し苛ついたし少しだけ、ほんの少しだけ胸の奥がヘンに痛くなった。



「ちょ、財前オマエなにケータイ弄っとるん?まさか小春のこと隠し撮りしてたんやろ!死なすど!」
「俺が携帯弄ってんのはいつものことすわ。しかも今メール中です」
アンタの事隠し撮りしたことならありますけどね。


「なぁ〜頼むで光クン!この通りや!ペア練変わってくれんか?」
「アミダ決まったんだから文句言わんといてください。今日は俺が小春先輩のペアですんで」
そんならそっちの小石川副部長と俺でトレードしたいわ。


「ホンマ小春は天使やな・・・な?な?今の見た?財前」
「先輩らキモいっすわ」
ホンマに、許しがたいほど、キモイっすわ。にこにこ笑いよって。




1年前の同じ月のブログを見返すと、キモイ先輩の話が所々にしょっちゅう出てきて自己嫌悪に陥った。 やっぱりブログなんて読み直すものじゃない。他人から見れば分からないだろうけど、自分で見ればそうと分かるほど浮かれている。こっぱずかしいわ。 一瞬だけ消すか書き直すかと思ったけど、労力を考えてすぐ辞めにした。それほどまでに量は多かったし見てると虫唾が走りそうだった。
(ホンマキモイわ・・・俺)
何してんやろな、アホみたいにうじうじして。・・・何してんやろ、今。あの人。 うわあとなってキーボードの上に突っ伏す。ジャジャっと音がして適当な文字が打ち込まれる。 もうなんとでもなっちまえ、なんてやけっぱちな気分になる音だった。





「はぁ・・・今日も愛しの小春は美しいなァ」
「とか言ってその本人に近づくな言われるユウジ先輩まじ哀れすね」
「仕方ないやん!こう、疼いてまうやろ?本能」
「きもいスわ」

今日は余りにスキンシップ過剰すぎて、小春先輩が集中して作業してたのをユウジ先輩が邪魔してしまったらしい。 それで久々に小春先輩がキレて1日近づくの禁止令を出されたという訳だ。 自分で自分が哀れ、に思えたが、それでもこの隙にユウジ先輩に近づいてしまう俺は本当にどうしようもない。

「財前オマエもな、恋とかした方がええで。感情豊かになれればテニスのプレイにもお笑いにもコクが出るでえ」
「余計なお世話っすわ」

人の気も知らんで何が恋じゃボケ。しかも話すときくらいこっち見んかい。相変わらず隣のヒトの視線はきらきらしながら相方に注がれている。
あ、髪ちょっと乱れてる。ヘアバンから髪ちょっと出かけてる。気付いたら思わず指が伸びてしまった。

「ヒュー!ナイッショ小春ゥ!財っ前!今の見たか?」
「え!あ、いや見てへん、てかユウジ先輩髪乱れてんすけど」
「あ?ああすまん」

触れる前に髪は整えられてしまった。指先が宙で彷徨う。誤魔化すように自分のピアスを弄る。




結局小春先輩の機嫌は直らなかった。今日は一日白石部長に引っ付きまわっていたみたいだ。 ユウジ先輩の隣をちゃっかりキープし続けることが出来たけれど、帰り道、何を話して良いのだか分からない。 西日の差す駅までの道のり、下り坂、車道を車がびゅんびゅん通り過ぎる音ばかり。ユウジ先輩がだらだら歩くから、他の皆に置いて行かれそう。
坂道、鼓動が走る。先輩弱ってる。もう一年間ずっと我慢してたし。夕焼け。皆先行ってしまった。

「ユウジ先輩、俺な、」

転がり始めてしまった、一年分の助走を付けて。もう戻れない。もう遅い。大好き。