青色の果てで待つ




「あー!しっかし肩凝るナァ!」
「学ラン脱いじまおっかな」
「砂に放るつもり?今日汚したら怒られるぞ」
「そうなのね。最後位きれいに使ってやるのね」
「それじゃあいっそ着替えちゃう?」

サエさんの提案に、3年生・・・卒業生達は満場一致で部室へ走る。

「中学最後の海遊びだ!」
「卒業式終わっちゃったんだから、もう中学生じゃないんじゃ・・・」
「今日はまだ!」

バネさん。聡さん。亮さん。樹っちゃん。サエさん。その背中を見送って、隣でだんまりのダビデを見上げる。

「ねぇ、僕たちも着替えよっか? ユニフォームで写真も撮りたいし」
「・・・ああ」

ちゃんと正装した写真こそ撮っていないのだけれど、やっぱりユニフォーム姿のみんなが一番だ。だから、僕たちもとっとと重たい学ランを脱ぎに。

「革靴で砂浜、歩きにくいよね」
「そうだな」

ダビデの元気が無い。多分3月に入ってから。でも僕は元気ないね?なんて、もうすぐ卒業式だね?なんて、言えなかった。言えるわけがなかった。 3年生が引退した時よりも大人しいダビデ、あの時すらダジャレも口に出さない状態だったのに。

「でもさすがにジャージは着ないとねぇ。全然暖かくなんないよね。3月なのに」
「ああ」

僕たちは着替えようかなんて話したのに、どうしても走り出せないでいた。のろのろと海岸を行く。波の音ばかりだ。空は小憎たらしいほどに青く澄んでいる。 なんとなく会話にならない。心の中では同じ言葉を呟いている筈だけど、お互い言い出せない。弱音なんて仲間の隣で吐きたくない。
(行かないで、終わりなんて、最後なんて言わないで。置いて行かないで)

「おおい、ダビデ、剣太郎ー!」

部室に到着する直前のサエさんが振り返ってくれた。よく通る声で僕たちを呼ぶ。下を向いていたダビデがぐっと顔をあげた。

「お前たちも着替えるだろ?早く来いよー!」
「はーい!すぐ行くよー!」

僕の返事を確認してサエさんが他の皆を追いかける。遠すぎて笑い声の内容は聞こえない。





「やっぱこれだよなー!しかし久々に着たわ」
「いやいやいや、ジャージ着るのね、バネ。風邪引きますよ」
「あはっ!やっぱみんなこれだよねぇ。写真撮ってもいい?」

片付けされていない共有スペースの棚からデジカメを引っ張り出す。大きな貝殻やら、角の取れたガラス青緑水色茶色だとか、端のほつれた麦わら帽子、汚れた軍手、テニスボール。

(掃除しなきゃいけない、のかな)
「あれ?カメラそこに無い?」
「ううん、あったよ亮さん」

外に出て、部室をバックに笑顔の卒業生達を撮影する。液晶画面がうるうる動いてピントを合わせる。

「撮るよー。はい、チーズ・・・もー、聡さん目ぇ瞑ってる。もっかいもっかい!」

みんな噴出して聡さんを小突く。2回目は全員さっきよりも良い笑顔で写ってくれた。

「現像したら渡しに行くからね」
「サンキュー剣太郎。っていうか、お前とダビデも入れよ。人呼んでくるから」
「うん、ありがとう!・・・だってダビデ。写真だよ。ちゃんと、笑ってね」

バネさんは樹っちゃんに水を掛けて遊んでいる。樹っちゃんが怒った。二人でふざけながら走り回っている。ダビデはその方向をぽかんとした顔で見ていた。
・・・もー、どうしろっていうのさ。ってこんなこと考えるのは余計なお世話かもしれないけれど、やっぱり心配だ。 テニスの調子は一切崩れていないのは流石だけど。・・・ゲーム形式の時、ダブルスをやろうとはしないけれど。
サエさんが学ランの人を連れて来る。胸に花のコサージュが付いている。亮さんや聡さんがその人とおめでとうを言い合っている。

「ダビデ、みんなで写真撮ってもらうからさ、あっちで遊んでるバネと樹っちゃん連れてきて」

サエさんがにっこり笑って言う。「うぃ」と小さく呟いてダビデがとぼとぼ歩く。っていうかダビデ右足まだ革靴だ!ぼーっとしすぎだよ! 急いで部室に引き返す。スニーカーと革靴が1足ずつ雑に転がっていた。スニーカーの方を引っ手繰ってダビデを追う。もうバネさん達に声を掛けていた。

「バネさん、樹っちゃん、写真」
「はいなのね」
「え?おお今いくわ。っていうかダビデよぉ、なんか元気無いな?」
「元気だよ」
「いーや、元気じゃないね。さては淋しいんだろ?可愛い奴だなァ」

うわあさっすがバネさん直球だ!何かフォローしなくちゃかなあ、とは思ったけれど、ダビデの3歩後ろ位で思わず立ち止まって動けない。 樹っちゃん助けて!と思ったけど樹っちゃんはもう写真の方へ行ってる。
そうだとりあえず「ダビデスニーカ・・・」 ぱん!と音が響いた。ダビデがバネさんの両頬を包み込むようにビンタした音だった。

「いてェ!おいおい何するんだよ、これから写真なんだろ?」
「淋しいっていったら卒業しないでくれるの」
「・・・え」

きょろきょろ見回す。みんなの視線がこちらに注がれている。僕が何かしたわけじゃないのにすごく居た堪れない。

「なんで電車に乗らなきゃ行けない高校行くの」
「お、おいおいダビデなんだよいきなり」
「毎日会えないかもしれないじゃん、なんで」
「いやだから前も言ったろ?そこにしか無い学科があるって」
「なら大学からでいいじゃん。高校は近所で良かったじゃん」
「ダ〜ビデー・・・どうしちまったんだよぉ」

バネさんが珍しく慌てた顔になっていた。わらわらとみんなが集まってくる。目線で助けを求めると、サエさんは困ったような笑い顔で頷いてくれた。

「ほらほら、もーそこまで。ダビデ、写真撮るからバネ呼んで来いって言ったよね?」
「・・・うぃ」
「バネ・・・はほっぺ赤くなっちゃったね。まあいっか」
「まじかよ!こらダビ!」
「ごめん」


僕は結局最後の最後までサエさんに頼ってしまった。僕ってまだまだだな。 青学の越前君の顔が浮かぶ。彼の先輩たちも卒業だ。だけど僕みたいにきっとおろおろしてないんだろうな。シャキッとしなくちゃ。 ・・・ダビデのさっきの駄々も、理解できないわけじゃないんだ。だけどもう、時間は止まってくれない。写真の中でしか止まってくれない。 コサージュの人に撮ってもらった写真、部室に飾っておこう。せめて夏の大会までは。





目いっぱい遊んで、夕方。部室に帰る途中に最後尾のバネさんとダビデの話し声が聞こえてきた。

「大丈夫だよ、千葉から離れる訳じゃねーんだし。っていうか高校出たら戻ってきて働くと思うわ」
「え・・・ほんとバネさん」
「そのためにあの高校選んだんだって。つーかこの前も言わなかったか?」
「忘れた。遠くの学校に行くってことしか覚えてなかった」
「しょうがねぇ奴だなー」

僕のすぐ隣を歩いていたサエさんもそれを聞いていたみたいで、思わず二人で目を合わせた。サエさんは、大丈夫だと思ってたよ、みたいな顔で笑っていた。 みんなは卒業してしまうけど、今日の海遊びは終わってしまったけれど。淋しいことの後には楽しいことがあるんだ。 ダビデが元気になったように。これからオジイの所でみんなで美味しいご飯が出来るように。 僕も、もう大丈夫だよ。ダビデに向かって心の中で呟く。今年も、一緒に頑張ろうね。


「まぁお前もあと半年もすれば分かるよ。なんか将来の夢とかねぇのか」
「・・・将来の夢はケーキ屋さん。不景気に負けない良いケーキ・・・ぷっ」
「だからつまんねーんだよ! このダビデがっ!!」
「ふ、ははっ!バネさんタンマ!」

いつもの調子に戻ったダビデにびっくりして振り返る。前を歩いていた亮さんもいきなり立ち止まったから、背中に衝突してしまった。 というかやっぱりみんなだってダビデの様子気にしてたんだね。当たり前だよね。 全員の視線に気づいたダビデが恥ずかしそうに困った顔をした後、いつもの様に吹き出して笑った。