好きだ




きみに焦がれていた。いつからかは分からない。夢から覚めるようにふと気が付いたのだ。彼が笑うときのアノ意地の悪い唇に焼かれることはできないだろうかと、ある夜悩んだ。こんな自分に嫌気が差した。

あいつが好きだ。いつからかは分からない。夢に出てきたあいつのおかげで気が付いたのだ。奴が笑うときの人の良さそうに曲がる唇に噛み付くことはできないだろうかと、ある夜悩んだ。こんな自分に嫌気が差した。



「内村おはよー」
バス停に背中を預ける内村に気付くと森は駆け寄って声を掛けた。おう・とやる気のない返事を漏らすのは決して悪い気持ちからではないことを森は知っている。遠慮なく内村の隣を陣取った。
テニス部の朝練習に向かうとき、バスに乗ることも乗らないこともある。他の部員が居ることも居ないことも。この朝はどうやら内村と森だけのようだった。乗り込んだバスがウウーと唸り扉を閉める。

「眠ィ」
「ね」
それだけ交わすと二人は黙った。一番後ろの広いシートの真ん中に、少し間を空けて座る。アナウンスとタイヤの走る音だけの数分間。「次止まります」を押すのは内村の指。

背後で閉じたバス。内村が立ち止まって伸びをするのを、森は黙って待っていた。

「なあ…森」
「ん?」

(馬鹿なことだと分かっているしキモチワリィことだとも知っている。ただ昨日の夜お前のこと考えてたって、夢に見たってそれだけだけど、すげえ大事な言葉を伝えたかった。)
(馬鹿なことだと分かっているし気持ち悪いことだとも知っている。ただ昨日の夜きみのこと考えてたって、夢に見たってそれだけだけど、すごく大事な言葉を伝えたかった。)

「内村?…どう、したの」
「やっぱり、なんでもね」


…二人を呼ぶ声がしてやおら首をもたげると、赤信号の向こうにチームメイトの神尾を見る。森が手を振る。

(何を言おうとしたんだ)
(俺もこいつも)

気まずさから逃げる方法が解らず、何も言わないで立ち尽くす二人の肩を神尾が叩く。
目が醒める朝はいつだってさみしい。抱える言葉が届くのはまだ先のことだった。