はなさない




濁る空模様と黙ったまま海の遠くを見るだけの、オレとお前が二人きりだった。亮はオレに海行きたい、とぽつんと零し、行くかと返すとこくんと頷いた。秋の海。
日は短くなった。青空の時間は終わった。本日はひねもす曇りがちでまぁ、夕焼けてはいなかった、秋の海。
さて、亮は何も言わない。海へ、以来なんとも言わなかった。首藤のしゅの字も出してはくれなかった。
…実はオレたちは男同士なのにお付き合いなぞしている。経緯は照れるので省くけど、つまりオレたちは好きあっちゃってる。
なのに、それなのに。重ねられたてのひらだけが今オレに亮の存在を教えてくれる。コンクリートにすっかり尻が馴染んだ。座ってるだけで、海を見ているだけで、何も言葉を交わさず、手を結ぶ。時折風に遊ばれた亮の髪がオレの体をくすぐる。
ああそれにしても、キスしたいんだと正直に言えないなっさけないオレ!
オレのファーストキスはやっぱり亮だった。好きだと言ったその日にやってやった。告白からキスへのあの流れ。自他共に認めるチャレンジャーなオレの、自己最高のチャレンジだった、うん。軽く触れるだけ、掠めるだけの幼いキッスはそれでもオレと亮のような、ど健全中学生男子テニス部員にとってはショッキングでビッグバンで照れくさくて、魅惑的なものだった。亮は恥ずかしがりに恥ずかしがり、オレを突き飛ばして走って帰ってしまった、というのもまあ良い思い出だ。
隣の亮は相変わらず何も言わない。それなら自分から何か言えよという話だが如何せん、こんなことは今まであまり無かったので正直オレは動揺しているのだ。まさか嫌われたのでは、男同士というアブノーマルな関係に嫌気が差したのか、はたまた好きな女子でもできたのか。おかげで亮の方を向くことすらできなかった。

そんな風に過ごすうちにすっかり辺りは暮れてしまった。地元民でもあまり行かないような静かな場所に居たせいで、この数時間オレ(たち)が聞いた音といえば波のさざめく声だけだった。もーアルファ波出まくり。流石にもう帰らなくてはならないだろう。思ってついに亮の方を向き、口を開く。

「あ…っと、亮?その、もう帰った方が良いんじゃねえ…ですか」

亮のきれいな横顔。凛と張り詰めたその空気に気圧されて思わずしどろもどろ。亮はしかしその姿勢のまま黙っていた。重ねただけの簡単に外れるふたつだけど、この手のひらをどけてはいけない気がした。

「…あのさ」

伏し目がちの亮に再度声を掛ける。ええい首藤聡!今度こそ!

「あのさ、キス、してもいいかな。あー…今度は、ちゃんと。もっと」

すると亮がこちらを向く。さらり、髪が揺れるのでなんともドキドキする。

「……も、」
「え?」

掠れた声が絞り出される。や、やっと口きいてくれた。咳払いがこほ、と鳴る。

「オレもそれ、言いたかったんだけど…」


亮の赤らんだ頬を包みこむ。熱をもったそれ、弾力に己の頬が緩む。なんてこいつは素敵な奴なんだ、ってな。
そうしてオレたちは最初のそれから随分と時間を置いてのセカンド・キスに成功した。添えずに彼の背中に回した方の拳がガッツポーズを作る。離してしまいたくないので、慌てて背中をしかと捕まえた。