晩餐−レストラン ギンガ・トバリにて




悪の組織のヒトが表へこんなに堂々と出てきていいんですか?普段の姿とのギャップが面白くて聞いてみると、じろりと鋭い目で睨み付けられた。 別にそんなことでひるんだりはしないわ。逆にもっと楽しい気分になってしまって、余所行きにと買ったキレイハナ風のドレスの裾をひらひらさせながらスキップをした。 アカギさんはグレーのスーツの胸ポケットに、ギンガ団のGと同じ黄色をしたスカーフをさしていた。 まさかそんなハンカチみたいな小道具にまで、ギンガ団マークの刺繍があるのではないでしょうね、と思ったけれど、それは喉の奥までで仕舞っておいた。
今日は初めてのアカギさんとのお出掛け。と言ってもギンガトバリビルからフワライドで15分くらいの距離へのお食事ですけれども。

「・・・あれ、ここにもギンガ団のマークが」
「元料理人のしたっぱが居てな」

これも資金集めの一環だということを小難しい説明で言われた。 お出掛けとは言ってもやっぱりギンガ団の組織内。少し、ほんの少しだけ淋しい気持ちになったけれど、まるで普通のレストランらしい内装を見るとそんな思いは吹き飛ばされた。

「ギンガマークがいっぱいだけどオシャレですね!」
「ここのターゲットは富裕層だから、まあ当然だ」

どうやらギンガマークがいっぱいという余計なひと言には突っ込んでもらえないらしい。というか当たり前の認識だからでしょうか。 白と黒の石が交互に敷かれた石の床と、レストランにしては広い天井、そこから吊られる派手すぎず地味すぎないシャンデリア。 ギンガトバリビルの質素さを思い出して比べて、ますますギンガ団のことがよく分からなくなってしまった。


アカギさんが来る時のコースは決まっているらしくって、それが二人分次々と運ばれてきた。食器からナフキンからどれもお洒落な作り。 以前、うちとジュンのお家とで一緒にお食事会があって、そのときにテーブルマナーを教わったんだっけ。よく覚えておいて本当に良かった。 アカギさんの前では恥ずかしくないレディーでいたかった。

「前菜は香菜と棒棒鶏のモモンソースかけです」
「わあ、美味しそう」
「それからラムのワインと、ジュースでございます」

ワイングラスに注がれた色は、ラムのものにしては白く澄んでいた。 乾杯です、とグラスを掲げると、チリーンが震えるみたいな音でグラスとグラスが触れ合った。ラムのジュースは爽やかな味がした。 こういう時ももちろん無表情なあなただけれど、きっと今考えていることは、わたしとお料理の事だけですよね。 確認する術は無いけれど、ここにこうして向かい合って座っているだけでわたしには十分だった。

「すごい、美味しいですね」
「ああ」

いいなぁ、お酒、飲んでみたい。アカギさんと一緒にお酒を飲める未来が果たしてあるのかどうか、分からない。 早く大人になりたいな。ママともお酒を飲んでみたいし、アカギさんの隣に居ればきっと恋人に見えるでしょ。 柔らかいお肉がモモンの甘いソースに絡み付く。口の中でほろりと溶けてとっても美味しい。幸せ。
食べ終わるか終らないかくらいのところで次のお料理が運ばれてきた。

「サラダはハハコモリがクルミルに作るという、オレンの若葉をふんだんに使ったグリーンサラダになります」

葉っぱの緑色が眩しいほどに鮮やかだった。柔らかそうな葉と、スライスされたオレンの実が花のように盛り付けしてあった。

「ハハコモリって、どこのポケモンですか?」
「海の向こうのイッシュ地方の虫ポケモンだ。クルミルはハハコモリの第一形態だ」

アカギさんは、聞けばなんでも答えてくれる。先生のようで、パパのようで、お兄さんのようでもあって、だけど私の大好きなひと。 イッシュって海の向こうのイッシュ地方ね。カントーですら行ったことの無い私には、とても遠い場所に感じる。
「イッシュってどんなところなんでしょう。行ってみたいなあ」
「騒がしい街が多いが…まあ悪いところでは無いか」

サラダのドレッシングがママの得意な味に似ていた。 旅を初めて1年と経っていないけれど、ムックルをムクホークに進化させて空を飛んで走れるようになってからはついつい家に帰ってしまう。 去年までは家に居なくちゃ何もできないような不安な気持ちでいっぱいだったけれど、いざ旅立ってみればこうしてママの知らないところで私はいろんなことをしている。 いろんな人に出会っている。

「すごい、本当にどれも美味しいです」
「有難うございます。お次はスープでございます。ハクタイ伝統のレシピを使った野菜と木の実の澄ましスープです」
「わあ、きれいですね」

コンソメみたいな色の澄んだスープから優しい香りがする。確かにハクタイののんびりした雰囲気に似ていた。
そういえば運んできてくれるギャルソンエプロンの人も、例の変な色のおかっぱだった。丁寧な口調とおかっぱのギャップに今更ながら驚いた。ギンガ団って不思議なところ。 スープは少しずつ飲んだのにすぐになくなってしまった。音をたてないように飲むのにちょっぴり緊張。それとアカギさんの所作はとてもきれいです。

「キッサキ風マトマカレーは、オボンの実で作ったパンと一緒にどうぞ」

辛い香りがつんとして、顔をあげてみたら赤いカレー。中鉢に入って量はあまり多くなかったけれど、そのぶんパンが顔くらいに大きかった。

「これすっごく辛いです」
「雪国のキッサキでは辛い物を食べて体を温める方法が合理的だからな」
「パンがこんなに大きいのが分かった気がします」

辛くて辛くてラムのジュースがどんどん減っていく。オボンのパンは大きさの割にスポンジのように柔らかく密度が低かったから、あっという間に食べてしまった。 もうお腹いっぱいだわ。ふう、と息を吐くと、辛味で刺激された唇にすうっと吐息が涼しく感じた。

「デザートは、ナギサシティお取り寄せの、サニーゴ塩を使った塩バニラのジェラートです」

デザート!その言葉にぱっと顔をあげてみると、可愛い色のジェラートがテーブルクロスの上に置かれていた。 容器は桜貝色に透き通ったガラスのサニーゴ型で、中のピンク色のジェラートと合わせて小さいサニーゴみたいだった。 スプーンですくって口にすると、濃厚なバニラ味と一瞬のしょっぱさが広がった。

「サニーゴ塩ってなんですか?」
「桃色がサニーゴの色と似ているというだけの只の塩だ」
「サニーゴから採れた訳ではないんですね」
「ああ」

少しずつ、少しずつ削ってアカギさんはそのジェラートを食べていた。とっても大切そうに。今まで見たことが無い不思議なアカギさんだった。 わたしもそれに倣って、宝物みたいな色のデザートを少しずつ食べることにした。少ししょっぱくて、涙みたいな、でも甘い優しい味。




「はぁっ、お腹いっぱいです!アカギさん、今日は本当に御馳走様でした。とってもおいしかったです」
「そうか」

それは良かった、とまるで他人事のようにアカギさんはわたしの一歩前を歩く。 来たときの夕焼け空から一転、空は満点の星空だった。にぎやかなトバリの近くだから、フタバタウンの星空には少し劣るけどね。そういえば、

「アカギさんのご出身はどこなんですか?」

わたしの唐突な質問に、一呼吸おいてからアカギさんは素っ気なく言った。

「ナギサシティだ」
「ああ、そうなんですか。・・・あっ、じゃあ」

  “ナギサシティお取り寄せの、サニーゴ塩を使った塩バニラのジェラートです”

頭にさっきのデザートがよみがえる。そっか、アカギさんの故郷の味だ。それを指摘しかけたんだけれど、やめておくことにした。 悪の組織のボスにもふるさとがあって、思い出の味が有ったりとかして。 それはとても自然なことなのだけれど、アカギさんが自分からおっしゃらないのなら、詮索するのはレディの作法に反するわ!

「んっと、なんでもないです。今日はありがとうございました」

もう一度ぺこりとお辞儀してお礼を言うと、アカギさんはいつもならば絶対に言わないようなびっくりするセリフを言った。

「気を付けて帰りなさい」
「あ、はい!ありがとうございます、おやすみなさい!」

なんだか照れてしまって、キレイハナドレスの裾が捲れるのを気にするのも忘れて、わたしは急いでムクホークを呼び出して空を飛んだ。気を付けて帰りなさい、うふ、うふふ。 アカギさんがわたしのことを気遣ってくれるなんて!でもなんだか先生みたいな言い方で、すっごく不器用な気がして、それがとても愛おしい。恥ずかしい、照れちゃう。
本当は今日もポケモン探しに徹夜で散策の予定だったのだけれど、気を付けて帰りなさいなんて言われたからには、今日はフタバタウンのママの元に帰ろう。 わたしの大切なふるさと。帰る家。そうだ、ママに昔ディナーに連れて行ってくれたお礼を言わなきゃ。 それから、今日はオボンの実を持って帰ってパンを焼いて、明日はナギサシティの市場でサニーゴ塩を買うの。 アカギさん、わたしの毎日がきらきらしているのは、半分以上あなたのおかげです。明後日は、クッキーを焼いてトバリシティへ、また行こう。