ベストウィシュ




諸国を回って勉強していた僕にとって、久しぶりのイッシュの風が冷たく清潔だったことを思い出した。アデクさんは二年前と変わらないあの姿で、あの笑顔で僕に語りかけた。
「おかえり、チェレン」
風がはにかむように通り過ぎ、アデクさんの結った髪で遊んだ。また僕の頬を髪がくすぐった。2年の月日はさらわれていった。朝に出かけて夜に帰るような自然さで、僕はアデクさんと向き合っていた。帰って来た。
お久しぶりです、言葉を絞りだすように言うと、アデクさんは首を傾げてにやりと笑った。僕は「ただいま、帰りました」と呟いてみた。満足したようにアデクさんは豪快な笑い声をあげた。家族みたい、喜びが心に響いた。

「ジムリーダー試験を受けようと思うんです」
見上げるアデクさん、瞳の距離が縮まったように感じる。僕の背丈が伸びたせいだろう。それがとても嬉しくて、革靴の踵が高らかなリズムを踊ってしまっていた。
「ほう、お前らしい選択だの」
「ええ。アデクさんを追い越す第一歩です」
「ふむ、2年ぽっちじゃ生意気は直りはせぬか」
口で勝つのはまだ早いかな。アデクさんのしたり顔に突きつけられるセリフが無いや。

「風が冷たいですね」
清潔な風が過ぎる道、アデクさんと並んで歩く。ただただ歩く。隣を歩く。これまでの僕たちを思う。これからの僕たちを信じる。みちがどこまでも続いているような気がした。どこまでも素晴らしいと思えるような。
「ね、僕はいつかあなたのようになれるかな」
素直な気持ちがこぼれて模様になっていく。アデクさんは目を細めて笑った。
「わしのようにならずとも、お前はお前らしく、立派なトレーナーになった。ジムリーダーとして、今度はチェレンが誰かに道を示していくことじゃろうなあ」
アデクさんの予言を聞きながら、そんな未来に思いを馳せる。そうするとやっぱりアデクさんという先人の背中ばかりが見えてしまって、僕はまだまだこの人から離れることができないのだな、とこそばゆくなった。







(立派に、なったのう)
別れた後、その背中をふと振り返ると、糊のきいたシャツが真白に輝いていた。いつの間に、子供は大きくなるものだ。男の背中は広くなるものだ。
これからの未来を、ポケモンと人間を繋ぎ留め続けていく未来を、その背中に背負っておる。確実に前へ歩んでいる。
ジムリーダー、実に彼らしい選択じゃ。嬉しい気持ちに思わず口元が緩む。
(チェレン、お前の未来に栄光があることを、わしはいつでも祈っているぞ)