痛みを感じないのか




僕があなたを守れませんか。
顔を上げることができなかった。自分で言ったくせにその言葉を恐ろしく思う。いつものように優しく笑ってくださいますか、僕の本気を冗談ととりますか。


いつもみたいにアデクさんにくっ付いて回って過ごした一日の終わりだった。その日もいつも通り充実したバトルや勉強ができて、ポケモンの調子も良かった。このまま家に帰れば最高の一日で済んだのに、何を思ったか僕は自分の最大の秘密をとうとうアデクさんに打ち明けてしまった。
アデクさんが好き、恋をしていると、いうこと。
守りたいだなんてチャンピオン様に大層な言葉を向けたあと、気恥ずかしいような清々しいような微妙な気持ちになって、そろそろ俯いた首が痛かった。

アデクさんを守る存在に僕はなりたかった。なりたい。気が付けばその思いが心を占め続けるようになった。僕をたすけてくれたのはアデクさんだ、初めて出会った頃あれだけ生意気を言っていた僕をそれでも導いてくれたアデクさん。彼への憧れが僕をここに立たせてくれる。
アデクさんの何になりたいのだろう、僕は彼にとっての何に、誰に。いつからか一人で思い詰めていた僕の肩を優しく叩いて笑ってくれた、それもアデクさんだったから、ああ僕はもうこの人の傍でなくてはいけないな、確信してしまった。アデクさんの隣がいい。
僕があなたを守れませんか。あなたの隣にいつでもいて、眠るときさえも一緒で、まぶたが閉じる頃にキスをして。彼のポケモンになったみたいに僕はいつでも傍にいる。火炎放射なんかは出せないけれど、あなたの盾や兜になりたい、同じ速度で歩きたい。

「好きなんです」

つまり、僕が言いたいのはそう、アデクさんが好きだということ。ベルやトウヤや母さんなんかには絶対言えない僕の胸の内、アデクさんだけに言いたい、アデクさんにしか伝えてはいけない気持ちを抱えている。それは一歩引いてみれば大層馬鹿げているし、恋愛なんて今まで知ったこっちゃあなかったし、だから正直正体不明のこの爆弾を、果たして簡単に放り込んでしまって良かったのだろうか、勿論大いに悩んだ。胸の鈍痛は日に日にひどくなった。
好きなんです・言葉にしてみると思った以上にそれは重かった。引き裂かれるような痛みの中で、僕は本当に、あなたにとってどんな存在になりたいのか、俯いたまま考えていた。あなたへの愛から(夢から醒めるみたいに)時々僕は浮上して、どうして彼なのか、彼でなくてはならないのかを思い詰める瞬間がある。少しも経たずに結局またアデクさんへと僕は沈んでゆくのだけれど。

「チェレン・・・」
「あなたを守りたい、アデクさんの傍においてください」
「それは、別に、構わんのだが」

僕より高い位置にある彼の唇がぽつりぽつりと言葉を落とす。言いたいことは分かる、きっとあなたは穏やかな声音で僕を諭すのだ。子供にするように。違う、それは恋ではないのだよ、と。
アデクさんの顔を見られない。懐かれている子供から突然愛の告白をされて、アデクさんはどんな顔をするのか。見ることができない。

「アデクさんと一緒に居ても、居なくても、関係なく苦しいんです、胸が痛くて。分かりますか」

今もばかみたいに大声で鳴る心臓と一緒に胸がじんじんと締め付けられている。アデクさん、分かりますか。僕の気持ちが分かりますか、分かって、ください。
あなたの生きてきた長い時間に寄り添えなかった僕だからこそ、あなたが今まで感じてきたことを聞きたい。これからの時間に僕を生かして欲しい。我儘でしょうか。でもこのままじゃ苦しいよ。


「・・・何か言ってください」
「チェレン、お前はな・・」
「やっぱり怖いから言わないでください」
「はは、どっちじゃ」

柔らかい笑い声につられて漸くおずおずと顔を上げてみると、そこに優しい表情があってほっとする。だからその勢いのまま、しがみ付くみたいにアデクさんに抱きついてみる。

「おっと・・おい、チェレン?」
「アデクさんあのね、」

体重を必死に預けてもびくともしない大きな体。腕を回して引き寄せたくても抱き留めることが適わない。ならばせめて離さないでいたかった。
優しいてのひらがおずおずと背中に返される。こうしているだけで伝えたいこと全部テレパシーみたいに伝わればいいのに、痛みもみんな分かってもらえればいいのに。

「あなたが、好きです。とても」

アデクさん分かりますか、僕は本当にあなたが大好きです。全部知ってほしい、全部教えてほしい。楽しいとき苦しいとき泣きたいとき笑いたいとき、いつだって一緒に居させてほしい、アデクさんが黙って背中を預けてくれるような、そんな自分になりたい。
鈍痛が続いている。アデクさんを想う、これは幸せなのだと気付いたから、回した腕の力を強めてみる。泣きたくなるほどの胸の痛みだった。






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