遠くなってゆく声へ




そこに居て欲しい。傍に居て欲しい。変わらないで欲しい。永遠が欲しい。

淋しさ、と簡単に済ませてしまうことは容易だった。それでは足りないから恋と呼んだ。何もかもを忘れて盲信する。
だから言った。確かに言った。あなたを好きだと何度も言った。それを困惑する仕草だけで適当に済まされてしまうのは、僕が子供で彼が老成しきった大人だからだろう。僕と彼、性別にしろ年齢にしろ恋人と呼称されるべき条件に、この二人組みはそぐわない。何よりそれが僕の望むかたちだというのに。
親子以上に歳の離れた同性に恋愛感情を抱くことへの違和感は、とっくに欠如していた。
アデクさんを訪ねて、ポケモンバトルをして、ポケモンや何気ないことの話しをして、僕は自分の帰るべき場所に帰る。
…言い換えればそれは、何百と居るポケモントレーナーたちの内ひとり、数あるバトルのひとつ、当たり障りの無い会話。
僕にとっていかに特別なものであっても、彼の辿ってきた道のりでそれらは何度も繰り返されてきたことだろう。
昔からよく聞き分けが良いとか賢いなんて褒められるけど、そんなの嬉しくない。つまらないことを考えないで、ただアデクさんを追いかけることだけに満足していたい。考え過ぎる癖がある所為で、なおのこと思うのだ。何度も会いたくなるのは憧れに留めていたくないのはあなたに特別と認識してもらいたいのは僕を一番にして欲しいのは。
アデクさんが好きだということ。
…僕は今日で何度目かになる告白を繰り返す。困った顔にキスをする背丈も勇気も無いクセに。


「だからな、チェレン」
「なんですか」

ううむ、と眉間に寄せた皺を揉むアデクさんが一歩後ずさる。構わず距離を詰め直す。

「何度も言っておろう、冗談は止せと」
「僕が無駄な冗談を言うように見えますか」
「分かった、何が欲しいのだ。今日のバトルに勝てたら買ってやろう」
「子供みたいに言わないでよ!」

言ってからハッとする。子供みたいだ。
そろりとアデクさんに視線を遣ると、さっきまでの困り笑顔と違う本当に楽しそうな顔があった。

「子どもじゃ」

その言葉に何も言い返せない。あまりに何も言えないから泣いたフリでもしてやろうかと思ったけど、それでは本当にガキだよね、思い直して止めた。

「アデクさんは分かってないです」
「何をだね」
「僕はあなたを好きだと言ってるんです」
「…わしも好きだぞ」
「恋じゃないクセに」
「当たり前じゃ。それにキミのだって恋ではない」

言い放つ瞳が湛える色は優しく、厳しく、まるで何もかもを知っている風だった。ならば何故僕の言っていることを理解してくれないのだろう。あなたが好きで、同じことを思って欲しくて、これからの時間を共有したいと思うこと。恋です、あなたが本当に好きです。
言いたいのに、言い返せなかった。



結局その日のポケモンバトルに僕は負けてしまった。悔しがる僕の頭を撫でて「頑張ったからご褒美に食事でも行くかの」と笑う、その仕草の優しいことにどうしようもなく涙が出そうになる。

「一緒に過ごすことに、恋と名付ける必要は果たしてあると思うか、チェレン」

ウルガモスの背中でアデクさんが零した言葉にもまた返事はできなかった。俯いて考える。頑なに僕を拒むアデクさんにとって、恋とはなんだろう。
僕よりも彼の時間は圧倒的に早く過ぎてしまう、それくらい分かっているけれど。僕があまりに何も知らなすぎる、それだって、分かるよ、だけど。

横に並んでいたウルガモスが僕とケンホロウを抜き去る。競争じゃ、と笑う彼の方が余程子供っぽい顔をする。

そこに居て欲しい。傍に居て欲しい。変わらないで欲しい。永遠が欲しい。

だけど時間は無限じゃないし、僕らの時は決して縮まらない。僕が同じくらい歳をとればアデクさんの言葉が分かるのだろうか。その時きっと彼は居ないのに?
…遠い、どこか。彼の言葉などそれとも僕は忘れてしまう?

アデクさんが離れて行く。怖かった、怖くて怖くて寂しくて仕方が無い。ずっと傍に、アデクさんの、声が、聞きたい。

「はやく、ケンホロウ、はやく」

締め付けられた心臓を彼に。だけど、きっとそれでもアデクさんは僕に恋をしない。





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