やがてカラフルに葬られれば





あなたの寝息の合間にわたしは窒息しそうになる。机に伏したアーティさんの薄い背中が上下して、微かな呼吸の音。ふわりとした髪に触れてみたいあなたの午睡。
アーティさんのパレットには柔らかい色が浮かんでいる。物が雑多に並んだ机に、腕枕で彼は眠っている。
顔は左向きにしていた。覗き込んで見てみると、そっと閉じられた目蓋を縁取る睫毛やら、僅かに開いた唇、温かそうな頬がある。息を吐くと声が漏れて、どきりとする。起きて欲しいけど、起こしたくない。初めて見るアーティさんの姿だった。普段もとても素敵なひとだけど、無防備な姿もなんというか、ああ、わたしやっぱりこのひと好きです。



わたしはまだ子どもで、アーティさんはもう大人。阻む時間は永遠らしい。
例えばわたしはアーティさんにさん付け、をするし、敬語を遣う。アーティさんと仲良しのあのお姉さんみたいに、アーティ!と呼んだり、ああやって肩に手を回すこと、できない。
昔、チェレンが好きだった。ふと思い出す。あれに似ているけど、アーティさんのことはもっと、もっと(ごめんね、チェレン)。



アーティさんがアーティさんが!
今日ヒウンアイスを買いに行ったの、そしたらアーティさんに会った! ああ ひさしぶり って、笑って手を振ってくれたの、アーティさんがわたしに!
嬉しくて嬉しくて熱くなる、頬張ったアイスでさえわたしの熱を冷ますことが出来ませんでした。この前アトリエに忍び込んだこと、そういえば知らないのかな。アーティさんがわたしの気持ちに出来るだけはやく気付いてくれますように、神さま!



キス、キス、キス。挨拶のキスと恋人へのキスの違い位わたしにだって分かります。



きれいで、アーティさんより少し背が低くて、髪が長くて、上品な笑顔が素敵で、そっと寄り添う仕草が優しい、きれいなお姉さんです。アーティさんの隣で、うふふと声が聞こえます。
うふふ。
アーティさんのアトリエに眠るわたしの大切な秘密、今もそこにあるかしら。
わたしは忘れるので、どうか、封を切らずに、そのまま、どうかそのまま、ああ。



小さな終わりを知ってしまった寂しいわたしがあなたとの間にそっと横たえた恋は蜜のように甘くは無いです。あなたの呼気までもを全てわたしのものにしてしまいたかった程好きだったのだけれど何から何までもう叶わぬ夢。死んだソレの為に花を一輪、わたしはあなたを忘れて生きるべきなのです。
「アーティ、さん」
綻んだわたしの唇から零れて落ちる。それは或る彼女の恋人の名前。わたしが恋した人の名前。
あんなに好き好き好き好きだったことわたし忘れてあああ生きることができるのかな、秘密の封を切る幻聴を聞きます、あなたが何も言わずにそれを畳んでくれるとき、それがきっとお仕舞いです。真っ白な恋の残骸で絵筆を洗ってくださいな。