恋に恋していた頃




わたしのはつ恋はそれはそれは大層な人を相手とするものだった。悪い恋であると悪い人であるとちゃんと分かっていた。あの人が何者であろうとわたしにはどうでも良かった。
当時を振り返ろうとするも肝心の彼の顔は朧気で、果たしてはつ恋と呼ぶに相応しい代物だったのかと苦笑する。しかし昔の恋というのは得てしてそういうものではないかと思う。
アカギさんといった。歳は十より離れていた。ギンガ団のボスだった。孤独の宇宙を求めていた。失踪してしまった。…そんなことしか分からない。
告白はおろか初めましてもさようならも無く、キスはおろかその手に触れたことも無く。
あなたが居た、わたしが居た、わたしはあなたが好きだった。幸せというのは恋が成就しなくとも得られるものだと(叶うに越したことは無いけれど)わたしは思う。わたしは、幸せだった。あなたを思うこととあなたに恋をすること、それだけで幸せだった。思い出の美化と言われてしまえばそれまでだけど。

「…ね」

エンペルトの鋭い眼光が、話しかけたわたしに向けられる。この子との付き合いも随分長くなる。エンペルトもアカギさんを知っている。
時は流れたのだといやでも実感させられるわ、からだを撫でながら苦笑する。
生きているのか、死んでいるのか。
毎朝習慣で見ているニュース番組は今日もあなたの名を告げない。リモート・コントロールで静謐を呼ぶ。

わたしは追いすがって・追い求めていた。二度と会えなくなった彼を、顔も正しく思い出せない彼を、はつ恋の彼を。
テレビを見ることやフィールド探索、ポケモンバトルのとき。片時も忘れず、生活の中には必ず彼が居た。
まだ抜けきれていないのかもしれない。あの恋に恋していた幼い日々。だけどわたしはそれでいい。あの日のまんま、いつまでも、アカギさんに会いたがる気持ちだけ、はつ恋のために、生きていく。
たとえ彼がわたしを覚えていなくとも。



web企画最後の審判さまに提出した作品でした