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あれから1年が経ったのだと、それでもわたしはまだ認められずにいる。あの人の存在がここに無いことに慣れてしまっても、頭を撫でる大きな手のひらを忘れてかけてしまっても、ぼやけた輪郭を取り戻せなくなってきてもなお、わたしはそれらを過去にすまいと意地を張っていた。
ここ最近で多少大人っぽくなったジュン、それからコウキにわたしは秘密をもっていた。誰にも言わなかった秘密。1年前の幼いわたしの小さな胸に抱えきれなかった幸福も苦悩もそれ自体を孕む秘密も、あの人がみんな守っていてくれたからわたしは今まで押し潰されなかった。大切な友人である彼らに内緒にしていることを特に後ろめたくも思わなかった。
だけど今、あの人の、アカギさんの代わりなんて居る筈もない。たったひとりのわたしの大好きなひと。アカギさんはそう、ちょうど1年前の今日、わたしの友達の「活躍」で行方知れずになってしまった(たとえ宇宙に放り出されても、時空の狭間なんかへ行ってしまっても、きっと生きていらっしゃるのだわ、)。夢は潰えたし彼自身もここには居ない。この寂しさや苦しさから救ってくれる人は居ない。アカギさんが悪の組織と呼ばれるところのボスだったこと、敵対すべき立場のわたしが彼に恋をしたこと、アカギさんもわたしを受け入れてくれたこと。みんないけないことだった。だから秘密。だからわたしはひとりで途切れかけた記憶を掬いながら生きている。目的とか未来とかまで見失いかけている。アカギさんが全てだった、大好きだった。


数日前に帰ったワカバタウンの自宅への道すがら、わたしはジュンに会った。彼もまた、帰省している、らしい。
何かと構ってくる幼なじみ。確かに体は逞しくなったけど、まだまだ子どもだし性格は全く変わらない。それでこそジュンだね、だけどわたしは、もうそうやって笑えない気さえするよ。感傷か、過干渉。似て非なるわたしたち。

今夜はとても星がきれい。今日も何もせずぼんやりと過ごしてしまったな。多少の後悔、寝るに疲れて気怠い体をもたげて窓から身を乗り出す。澄んだ空気のこの町。あなたと出会う前、ここでぬくぬくと暮らしていた頃のわたしは、ずっとこれからもこうやって生きていくのだろう、なんて思ってた。もっと前なんかは、ジュンと結婚するの!だなんて言っちゃってたような気もする。
星がきらきらきらきら。あなたは宇宙を欲しがっていましたね。わたしも一緒に行けたらきっと、あなたの為に星を編んでいました。
涙が出てきてぐっと空を仰ぐ。ひとつ鼻を啜ると、隣の家から大声がした。金髪が飛び出す。

「ヒカリー!今日流れ星の日だって、知ってたか?!」
「流れ星の…日?」
「オドシシ流星群!」

白く息吐く彼の頬は興奮に色付いていた。わたしはジュンに言われるまま、寒空のシンジ湖をふたりで訪れることにした。


「…ねえ」

座り込んだ草原のくすぐったいこと。わたしの声でジュンがこちらを向く。

「なんだぁ?」
「今日、あの日から」
「あの日」
「ギンガ団をジュンたちが倒してから、ちょうど1年なの。知ってた?」

ジュンはすると黙って空を見た。への字に尖っていた唇だったが、やがてぱかと開く。

「そうだったっけなー…そっか、もう1年か」
「うん」
「なっつかしいな!っていうかよく覚えてたな、ヒカリ」

返事の行方を探す。言葉がなかなか出てこない。わたしは喉が見えない何かで閉じられているのを感じた。

「ジュピターとか居たよな!オレあいつにボッコボコにされてさ、」
ほんでコウキがよ…マーズ…エムリット…爆弾…戦って…それから……
ジュンの早口が流れていく。そういえば流れ星はまだ見つからない。

「それに、アカギ!」

ジュンが人差し指を立てて叫ぶ。わたしの肩は思い切り震える。

「今頃アイツどうしてんだろな?だってあんなところで生きてけるわけないだろ」「でももしかするとあそこから出てきてるかもしんないし」「うーん…それに1年もさ、あんなとこ居られないよな」
「……あれ、なんだってんだよヒカリ?黙っちゃって」

「…あのね、「あ!流れ星!!」

わたしとジュンの声が交わる。つられて顔をあげると、ひとつふたつと閃くのが見えた。

「サイキョーサイキョーサイキョー!」

ジュンの怒鳴り声。

「あのね、ジュン、わたしね」

くぐもった声になる。喉の詰まったのでいよいよ呼吸が辛くなる。目が熱いし星が滲むよ。

「な、ちょっお前、なんだってんだよ!泣いてんのかよ!」
「あのね」

浅い呼吸しかもう出来ない。苦しいよ。涙が次々伝うのを感じる。

「わたしね、アカギさんが大好きだったの、アカギさんが、大好きなの!」

わたしの絶叫を聞いてジュンはヒッと短く息を吸った。


それからわたしはわあわあと勝手に溢れる泣き声を聞きながら、涙を流すだなんてそういえば久しぶりだなと気付く。アカギさんが居なくなってからは一度も、そういえば。必死にわたしが心の中に住まわせるアカギさん。もうわたしを呼ばないし撫でてはくれないアカギさん、見えないアカギさんを掴もうとするのにどこにも居ないあなた、わたしにはもう遠すぎるよ。
ジュンが背中にそっと手を回してくれた。わたしはとうとう秘密を教えてしまった。ねえ、明日からどうしたらいいかな。後悔やらなにやらで涙はいよいよ止まらない。
滲んだ流星が見えたから、アカギさんアカギさんアカギさんと言ってみる。あなたの宇宙がわたしを見ていてくれたら、星がわたしたちを繋いでいてくれたら、いいのに。わたしが願いを教えた星が、流れて夜に溶けて消えた。