わたしと恋してくださいな




この恋において、アカギさんからわたしに会いに来てくれることはまったくない。だからわたしは足繁くギンガ団、そのアジトに通ってアカギさんに会いに行く。
こんなのまるでパラレル・ワールドの話。何故なら彼とわたしのラブストーリーだなんて現実問題始まりそうにないようなものだから。だけどわたしはアカギさんが大好きで、言葉にも顔にも出してはくれないから分からないけど、少なくとも門前払いしないアカギさんはきっとそれを受け入れてくれていて、兎に角わたしは幸せで、何も不満は無かった。好きだというだけで幸せだった。わたしが抱えているのは幸福と幸福を失う恐怖だけだった。

わたしが使うのは青いおかっぱのカツラに、ぴたりと肌に付くギンガ団団員のユニフォーム。マサゴタウンのヒカリとしてではなく、ギンガ団の下っ端としてまずは振る舞わなくてはならない。そうしないと悪の組織のアジトになんかとてもじゃないけど入れない。こんな子どもがうろちょろするのはこの組織には相当不自然だし、わたしがアカギさんに会いに行くのは二人だけの秘密なのだから。…とは言ってもこの密会は実はただわたしが押し掛けているだけに等しい。それでもアカギさんはわたしの頭を渋々撫でてくれる、いつも。カツラを取って乱れた髪の毛を不器用に手櫛しながら。骨っぽい手のひら、指先。わたしの胸は苦しく鳴く。

「失礼します」

アカギさんのお部屋に入る。こちらをちらりとも向かないけれど、これは了解だと心得ているのでわたしはなんにも気にしない。下っ端姿のままアカギさんの許へ行く。

「アカギさん、来ました」

椅子に座る頭を覗き込むと、やっぱり毎度の無表情。明かりは(わたしには到底理解できそうもない文字の配列が並んだ)モニターだけ。薄暗い部屋だなといつも思うけど、この空間がとても好き。
アカギさんと居ると、自分がいつもの自分とは違うんだという気分になる。例えばママから完全に自立していて、例えばポケモン図鑑を作ってなどいなくて、例えばギンガ団を倒そうとする幼なじみや友達なんていない、そんな自分。この時間この空間でだけわたしはただの女の子で、とても特別な恋をしていて、まるで永劫それが続くのではないかと思う位。…思う、というより願うと言う方が正しいのかもしれないけれど。錯覚だから。ただのわたしの望みだから。
キイと椅子が軋む。アカギさんが立ち上がり、わたしの頭から青いのを取り上げた。それからいつものように優しく不器用な手のひらを伸ばす。

「また来たのか」
「また来ました」

わたしより背の高いアカギさんの表情を見るには顔を上げないとならない。だけどわたしはいつも目を瞑る。アカギさんの声が心地よく響く。
アカギさんは見えないものをまやかしという。心を不完全という。感情など無駄なのだという。わたしの好意もそういうものだという。それでもアカギさんはわたしの頭を撫でる。ああ、あなたはきっと心を殺してはいないのですね、とだからわたしは信じる、縋る。
この部屋を出ても幸せになれるという保証が欲しかった。堂々とヒカリとして会いに行きたかった。あなたの感情が必要だった。あなたが否定する感情を以てしかわたしたちは幸せになれない。好きなのだと言って欲しい。何も言わないのに優しいだけだなんて嫌だったの、本当は。だけど今のこの状態が最善だから、だから不満なんて無い。言えない。

「好きなんです」

何度言っただろう。その度同じように言われる。

「お前がわたしに抱くものなど、不完全な心が生み出した幻だ」

違いますとかその通りだとかは言わない。だから会話は続かない。アカギさんはわたしに何か抱かないですか?だからそんなことも聞けない。
頭の上ではまだ大好きな手のひらが滑っていた。それから伸ばしている髪を指が捕まえる。わたしはアカギさんの気持ちを聞かない。アカギさんはそれ以上わたしに触れない。
傍に居るのにあなたは遠い、なんて陳腐な定型文だけど、感情を殺したと言うあなたはわたしには本当に遠いのでしょう。

「アカギさん」

背伸びをする。胸に顔をうずめるなんて初めてやってしまった。アカギさんにぎゅうと抱きつく。
聞いてみようと思う。もしアカギさんがわたしの背中に手を回し返してくれたのなら、わたしはあなたにいよいよ恋を尋ねてみようと思う。