さよなら間際に新世界で逢いたいと唄った





三本の柱をくぐり抜けて、わたしは穴に飛び込んだ。

ここに来たのは実は二度目で、初めて来たのは少し前。少し、しか経っていない筈なのに、その時とはまるで違う風景にわたしは驚いて、悲しくて、怖くなった。
ここに居る筈の彼に届かずに途切れた道筋は、相当わたしを困らせた。悲しませ、た。


*


アノ人は世間の敵だった。所謂悪役、そのボス。
何がわたしをそうさせたのかは分からないけれど(もしかしたら運命とか宿命だったのかもしれない、だって次々と彼とその部下たちと正義の国際警察に巻き込まれていって)とにかくわたしは彼の仕切る"ギンガ団"を追っていた。無視していても別に構わなかったのだけれど、それでも。

事件後に幹部の一人と話す機会があって、その人とわたしの考え方が似ていたことを発見。「あの人が何をするのか、見極めたくて」
わたしもきっとそれが理由だったのかもしれない。彼に惹かれていたのでしょう。それがどういった類のものなのかはもう誰にも言えないけれど。

そう、それで。
わたしはぽっかり開いた暗い穴から「破れた世界」に入った。彼が一足先に吸い込まれてしまったから。
そこは怖い、ただ怖い。暗闇は苦手というわけではないのに、ここに彼もいるというのに。
それでも必死に、落っこちないように進んで歪みに少しずつ慣れた頃。

「アカギ…さん」

心臓がギュッとしまる思い。彼は静かに振り向いた。

「…あの影のポケモンはここには居ない」

彼はクイ、と上を見る。空なのか地なのか海なのか。

「私を置き去りにし更に奥へと去って行った……」

声を聞いていると安心した。こんなにも落ち着いて話していることに、安らぎを覚えた。

「私の計画を邪魔出来て、満足だというのか……」

わたしだってそれをした。彼の全てが墜ちるようにと行動した。わたしにはその言葉が向けられないことが逆に心に痛い。わざとですか、悪意ですか、許容ですか、特になにもないですか。

「ところでお前…遺伝子について知っているか?」

初めて会話した時を思い出し、こんな状況だというのに少し嬉しくなってしまう。この人から知識を得ることが本当に楽しい。嬉しい。

「知らないです」
「…そうだろうな」

何を言っているのかは半分も分からなくて、でも彼の声を聞いていられることがなんとも嬉しくて。
こころの中で唱えるの、一緒にいても良いですか。

「大事なのはあいつを倒し、この世界そのものを消すこと。もう二度と私の邪魔が出来ないように……世界を元に戻せないように……」

奥へと彼は進んで行く。後ろ姿に、聞こえない声で

「アカギさん」

世界を終わらせてその次の世界に、あなたが望むその世界に。
果たしてわたしは呼吸していますか?


*


それから彼を失って、世界を救って、彼の夢を無くして。そして再びわたしはここに来てしまった。
旅が一段落したから、気紛れにあの日の思い出を辿るように湖に来た。そして穴を見つけた。
三本の柱をくぐり抜けて、わたしは穴に飛び込んだ。あなたとまた出会いたくて、途切れた道の先端。

あなたに逢うことはもう無いのでしょう。
この不安定な世界も、わたしが深く奥に入ることを拒んでいる。それは彼の意志なのでしょうか。

大それた願いだけど、それでもわたしがあの人にもしもう一度逢えたのなら、世界で一番暖かい感情を彼にプレゼントしたいと思う。
真っ直ぐで頑なで堅固なこの感情を不安定、曖昧と呼べるのか。
彼の答えを聞いてみたい、笑って欲しい。