チョコレート色の神様




「寒…い」

手を摺り合わせてひとり呟く。夜の空気に白い吐息が混ざった。トバリの街を見下ろす冬のベランダ、見上げればオリオンやら大三角形やら。

「1人で何やってんの」

カップのココアを啜っていると、同僚が窓を開けて呼びかける。赤毛の女の子。わたしは答える。

「トバリを見下ろして、星を見上げてるの」
「それくらい分かるわ、まあ別に答えはどうだってよかったけど。ねぇココア作って」

ころころ表情を変えて彼女は、最後に可愛らしく笑った。はいはい、わたしはため息の白さを見送って部屋に入る。自分のものを丁度飲み終えた。
台所に入ると、もう一人同僚が居た。青い髪。

「サターン、1人で何やってんの」
デジャ・ヴを感じつつそう問うと、彼は照れたように俯く。
「少しココアでもと」
「いいわ、作るからベランダで待ってて」

きょとん、とした彼だったがすぐにベランダに引っ込んで行った。マーズと出会って彼は、彼女に何をしてるのかと尋ねるのかな。そう思うと少し愉快な気持ちになる。こんな寒い夜に、何かをできるわたしたちではないのに、だ。わたしたちはみな、お天道様の下で暗躍するのである。
湯気を出すチョコレート色を盆に載せ、寒空に出た。正気の沙汰ではないが、これで良い。



「もうすぐ計画が始まるな」

呟いたサターンの表情は、心なしか曇っている気がした。マーズは気付かず笑う。

「あたしが一番、アカギさまのお役にたつんだから!」

対照的に、サターンは張り合うつもりも無さそうで、彼女は些か不満を浮かべた。

「あなたたちは良いわね、わたしなんて明日リッシ湖よ。寒いったらないわね」

わたしが言うと、2人は一様にふふっと笑う。

「湖のポケモンにすぐ会えると良いわねえ」

無邪気に笑うマーズのカップにはチョコレート色。それに映った彼女の表情も甘く甘く。


「そろそろ寝よう」

サターンが切り出す。彼のカップはもう空で、わたしと言えばまるっきり飲んでいなかった。手を温めていたのだ。マーズは一気にチョコレートを飲み干した。

「あたしたちって何してるのかなあ」
「寒いんだから仕方ない」
「そう、夜なんだから」

敢えて触れない、今までと明日からの日々。悪い人なんて1人もいないし、彼は神さまだし、後悔なんてしてはいけない。そういうものだ。
温かいココアを両手でまあるく包み込み、寒い場所を選んだわたしたちはひたすら両の手を温める。

「アカギさまみたい」

と、マーズが呟いた。この寒い空気か、遠い星たちか、それともこの手の中の温もりか。サターンは何も聞かなかった。だからわたしも黙った。
只、それら全てを含めたこの世の全てが、わたしたちにとっての彼である。詰まるところわたしたちの全ては彼によって形成されているということで。それはきっと未来永劫変わりはしない。それで良い。