暗闇ドロップ




まさかこのくらいで泣くとは思わなかった。空間の隅にうずくまるこいつを見ていると、後ろから抱きしめて包み込んでしまいたい、泣かせておいてなんだがそう思った。責任とか罪悪感などはないのだけれど、なんとなく。
男のクセに泣くなよ、とかそういうセリフは割と嫌いだ。だから他にこいつにかけてやれる優しい言葉を探してみた。
しかし結局謝るか罵倒するかの二者択一になってしまうので、流石に少々焦りを感じる。

とりあえずこのまま放置することは良心が咎めるので、

ヒョウタ

と、彼に呼びかけ隣に腰掛けてみる、鼻をすする声が聞こえる。
「なんでこっち来るのさ。デンジくんぼくが嫌いなんでしょう」
…さっきのことを明らかに根にもっていた。

そう、さっき。ジムの改造でナギサを停電させた俺の身を案じてか、それとも町民とか門下生とかを心配してか、または野次馬かとも思ったけれど。
とにかくこいつはプテラに乗って颯爽とやって来た。月と星、それと遠くの街の明かりだけの夜。
とりあえずジムの最奥部に、発光しているチョンチーを抱えて招いた。
落ち着いたらこいつはすぐに説教を始めた。なんだかオヤジさんに似てきたよな、喋り方。そう思って最初は黙っていた。だけど疲れた勢いで言ってしまった。

お前のそーいうとこ嫌い。大嫌い。お節介。自己満足。


「…悪かったよ」

罵倒より謝罪だ、勿論だ。もう一度、鼻をすする音。
なんの音も無い2人しか居ない空間。

「ごめん、すまなかった…嫌いじゃないから、その」

照れくさくて俯く。暗闇の中で赤くなっているであろう頬は見えないだろうけれど。

「泣き止めよ」

暗闇に慣れてきた目はしっかりとヒョウタを捉えた。こっちを見て少し微笑んだ。

「謝ってんの、初めて聞いた」

顔面の温度が上がってく。

「顔、真っ赤だ、デンジくん」

なんだかこっちが泣きたくなってしまう。それと同時に
「お前は酷い顔してる」

こいつをこんな顔にした自分が嫌になり、泣き顔が少し可愛くもあり、なんだか胸が締まる思い。

「なっ…!」

ムッとした表情を浮かべたヒョウタに、不意打ちキス。

「ちょ、デンジ…くんっ」

暗がりの中でなんとなく照れた様子が伝わる、満足だ。

「嫌いなんかじゃねえよ、ヒョウタは好きだ、大好きだとも」

半ばヤケになって、目の前の男に告白する。自分の口から出たとは信じがたいセリフだった。

「…ちゃんと名前呼んでもらうのも初めてだ」
「うっせ」

くつくつと2人で笑い、ホッとひと息。

「さてと、ナギサ工事手伝いに来たんだった。行こ、デンジくん。ちゃんと謝るんだからね」
「ちょ、待てって」

出入り口へ歩きだしたヒョウタの後ろ姿に手を伸ばすも、奴は黙って颯爽と歩いて行った。
…ちょっと負けたかも。
なにしろこいつはオレを退屈させない奴だからな。
窓からの月明かりがチラリと赤い髪を照らした。