バルバレの朝が来る




シャガルマガラの討伐後、まず私がしたことはたっぷりの睡眠を取ることだった。結局丸一日ベッドの上で過ごした。オトモのくしゃみでさっきやっと目が醒めたところだ。 オトモは恥ずかしそうに顔を掻いた後、私の体温が残るベッドに潜り込んだ。

「ちょっと外に出てくるね」

ベッドの膨らみを撫でてから言い残す。外に出てみると、寝る前と同じ満天の星空が広がっていた。 薄く靄がかかったように見えたが、それでもよく晴れていた。少し歩くと、その靄の正体が分かった。 屋台で料理長がいつもの手さばきで料理を作っていたのだ。肉や魚を焼く煙が、良い香りを立てて辺りに充満していた。

「あっ、旦那!起きたニャルか。今起こしてもらおうとおもっていたとこニャル」
「おはよう。すごい量だね」

いつものテーブルに加え、簡易テーブルが二台。それにきれいな織物のクロスが敷かれ、隙間もないくらいの大量の料理が置かれていた。 どれも見ているだけで空腹に倒れそうになる、美味しそうな料理だった。

「旦那頑張ったねパーテーをするニャル。あれ?聞いてなかったニャルか?」
「丸一日寝ていたからね・・・すごいな、嬉しいよ」
「あーーー!もう!サプライズにしよーと思ってたのに!」

突然後ろから抱きつかれる。加工屋の娘が不満げに叫んだ。

「おはようハンターさん!びっくりした?」
「うん、すごくびっくりしたよ。嬉しいな」
「ホラ見て!バルバレを派手にデコっちゃったんだから!」

そう言われて辺りを見回すと、武器屋も雑貨屋もカーテンを閉めていて、建物や壁は全てビーズや布で煌びやかに装飾されていた。 その店主たちもやがてテーブルに集まってきた。

「おやハンターさん、起きたんだねぇ! 活躍は聞いたよ!」
「お疲れ様!」
「本当にすごいなぁ、団のハンターさん!」

次々と浴びせられる労いの言葉に少し照れてしまう。順番にありがとうを言うと、みんな温かく笑ってくれる。本当に、帰ってくることが出来て良かった。 料理長に促され、いつものテーブル、いつもの席に座る。と、隣にはオトモではなく、

「えっリ、リーダーさん」
「ああ、起きたのか。・・・この度は本当に大義だった。君には・・・感謝している」

そこには筆頭チームのリーダーさんが座っていた。その向こうではガンナーさんがにこにこと笑って手を振ってくれている。

「いえそんな。私一人で成した事ではありませんから」
「フフ、なんというか、君らしい。誰もが君の勇気と実力を認めているというのに」
「そう、でしょうか。でもありがとうございます。リーダーさんにもこれまでに色々と助けて頂いて・・・「はーい!はーいニャル!」

突然料理長がおたまを鍋でカンカン鳴らしながら声を張った。私もリーダーさんもそちらへ顔を向ける。

「旦那も起きたし、みんな集合してくれたニャルかー!?」
「ウン!みんな居るよ!」
「はぁーい、揃ってますよぉ」

加工屋の娘と看板娘の高い声が重なる。二人がくすくす笑う声が聞こえた。

「それじゃあ料理も出来立てなことだし、始めるニャルー!」
「あー!えー、ゴホン!」
「あっ団長、ワザとらしい咳払いニャル」

大きな咳払いをしながら団長が一歩前へ出た。すうっと息を吐いていつもの調子で声を張る。

「えー、我らが団のハンターよ!今回は本当に本当によくやってくれた!ここに居る皆を代表して言うぞ!ありがとう!はっはっは!」
「いえいえ、こちらこそ、たくさん助けて頂いてありがとうございます」

私の声はみんなの拍手と歓声と口笛に掻き消えそうだった。だけど団長には聞こえていたのか、目を合わせてうんうんと頷いてくれた。

「丸一日寝っぱなしで腹ァ減っただろう!今日は存分に飲め!食え!俺たちも飲むぞ、食うぞ! それじゃあ皆準備はいいか! 我らが団ハンターの活躍を祝して!乾ッ杯!!」
「かんぱーい!」「乾杯ー!」「乾杯!」


がやがやがや。人々の話し声、笑い声、お料理の炎が上げる暖かい煙。それらが弾けてバルバレに充満している。素敵な夜だ。お皿の料理も次々と平らげられていく。今日も美味しいな。
ふとリーダーさんの方を見ると、グラスが空になっていた。あら、お酒注いであげようかな。ボトルに手を伸ばす、と、同じタイミングでリーダーさんの手が別方向に伸びる。 私とリーダーさんの手が空中でぶつかる形になった。骨ばった指、ちょっと温かな体温だわ、少し、酔っているのかな。

「あ、ごめんなさい、何か取るのでしたか?」
「いや、済まない。君こそ」
「私はそちらのタンジアビールを」
「私はあちらのブレスワインを」
「リーダーさんにお注ぎしようと」「君のグラスに注がせて頂こうと」

お互いの声が聞こえた瞬間、私達は思わず笑ってしまった。リーダーさんの素直な笑顔に少しどきりとする。その向こうでガンナーさんが、アラアラという顔で見ていた。は、恥ずかしい。

「そ、それじゃあ折角ですし、グラスをください」
「ああ。君も」

私達はお互いのグラスを満たし合い、もう一度静かに乾杯をして、なんだか本当に照れてしまって私はワインをグイッと一気に飲み干した。
良い飲みっぷりニャル!と料理長の興奮した叫びが聞こえた。バルバレの夜が更けていく。








「あ、頭・・・頭が痛い・・・」
「もぉ〜!二日酔いで頭痛だなんて!ウチのおとうちゃんみたいなことするんだね!」
「ごめんよ、ありがとうね」

ご覧の通りの惨状である。
あの後気恥ずかしさを隠すために飲み、ハンターさんありがとうとお酒を注がれる度に飲み、さらに飲み、もっと飲み、 ぐいっと飲み・・・と繰り返しているうちに、朝が来て、2時間ほど眠り、この体たらくだ。 今日からハンター業再開しようと思っていたのに。今日は採集だけで済ませてしまおうかしら。
加工屋の娘が持って来てくれた冷たい水に、感覚が取り戻されていく。記憶がはっきりしているのが不幸中の幸いだ。

「無理しちゃダメだよ、ハンターさん!じゃあね!」
「うん」

ハウスのカーテンが開いて、また閉じる。一気に静かになる。オトモはとっくに起きて出かけたようだ。ランサーさんの所だろうか。私も支度して探しに行こう。 装備一式に着替え直した所で、入口の木が叩かれる。

「はぁい、どうぞ」
「・・・失礼する」

少し間があって聞こえた声は、筆頭リーダーさんのものだった。(ど、どうしよう?何故?というか部屋掃除してないぞ、なんだろ朝から!) なんて慌てているうちにカーテンが遠慮がちに開かれた。

「お、おはようございます」
「おはよう。朝早くから済まない。昨日は大分飲んでいたようだが、大丈夫だろうか。その、ハンター業に支障は」
「ええまぁ、特に問題は無いです、これから出発しようかと思っておりまして」

しどろもどろになってしまう。二日酔いで今日は軽く採集だけでも、なんて言ったら呆れてお説教されそうだもの。

「そうか、だが無理は禁物だ。ところで・・・」

ところで。その言葉のあとが続かない。10秒ほど待ってから私がはい、と返事をすると、ううむと低く唸って眉間に皺が寄って、俯いてしまった。

「ところで」
「はい」

これをもう一回やったところで、やっとリーダーが顔をあげて、目がばっちり合った。わ、私、顔、赤くなっていないかな。どうもこのヒトと目が合うのに、弱い。

「君は灰水晶なんかは、その、嫌いではないだろうか」
「え、えっと、灰水晶。いえその、好きですよ。別のクエスト中にも目移りしちゃいます」
「そうか。ならば、これを受け取ってくれないか。何か意味があるわけでは無いのだが、どうだろうか」

リーダーが取り出して見せてくれたのは、見事な色をした灰水晶のタンブルだった。元の色もとても素敵だったのだろうが、磨き上げられて光を緩く反射してとても美しい。

「わあ、きれい・・・すごくきれい。でもこんな高品質のもの、受け取っても良いのでしょうか」
「構わない。私が持っていても、それこそ宝の持ち腐れというものだ。では、今日はこれで」
「本当にありがとうございます、大切にしますね。・・・でもこんなにきれいに磨くことが出来るなんて、リーダーさんすごいですね」

傷を付けずに、石の色を活かして、きれいな形に収まっている。原石から削って磨いたのならば、相当な時間がかかった筈だ。・・・ん?そこまで考えが及ぶと、それを悟られたらしく、リーダーの顔が少し赤くなって慌てだす。

「なっ、いや、これはだな、採集したままの形で、美しいと思ったから君に渡しただけでだな、決してシャガルマガラ討伐祈願に磨き上げたりなどしたものではない。い、以上だが、他に何か!」
「うふふ、えへ、ありがとうございます。本当に、どんなお礼を言えばいいか分からない・・・嬉しいです、帰って来ることが出来て本当に良かった」
「・・・君がそう言ってくれるのならば」


リーダーさんが出て行ったあと、私は灰水晶を枕の上にそっと置いた。素敵なお守りをもらってしまった。本当に、本当に大事にしよう。 石に少しリーダーさんの体温が残っていた。コミュニケーションに関してあんなに不器用な筆頭リーダーが、私にこんなに素敵な贈り物をくれるだなんて、夢みたいな出来事だわ。 どきどきと鳴り続ける早鐘の鼓動を感じながら、急に自分がとても元気になっているのを感じた。

「今日はリオレイアとリオレウス、一気に狩れちゃいそうだわ!」

と独り言したところで、通りかかったらしいお嬢が「本当ですか!」とカーテンを思いっきり開けて入ってきた。バルバレに朝日がさんさんと降り注いでいた。本当よ、と返事をして、私は一歩を踏み出した。