某電子部品メーカーの事務員としての生活は、今年でもう三年目になる。短大を卒業してすぐに入社して、働き続けて、三年。 学生の頃とは生活が大きく変わって、挫けそうになった時期もあったけれど、なんとか社会にしがみついている。サッカーに夢中だった中学生の時には想像できなかった生活だ。
 中学時代。当時の先輩である水鳥さんは、高校を卒業してすぐ働き出して、結婚してもうすぐ子供が産まれるそうだ。 同じく茜さんは、美大の院まで進んで写真を撮っている。ときめく瞬間がシャッターチャンスだって言っていた。あの頃からずうっと恋人同士の人が居て。
 ・・・わたしは。これまでの人生、振り返ってみて、わたしに結婚したいと思う瞬間はあっただろうか。ときめきなんてあっただろうか。少なくともこれまでわたしに恋人がいたことは無い。 わたしのそういう心は、中学時代に置いてきたような気がしてならない。もう十年も会っていないというのに、忘れられない人が居て、多分そのためにわたしは未だ恋が出来ないでいた。 その人の名前は黄名子ちゃんと言った。平凡なわたしが生涯で二度体験した非現実的なエスエフの最初の一回、タイムトラベルで出会った、未来の世界の女の子だった。 ―なんて。「未来から来た人に会ったことがある」と言っても誰も信じないだろう。 わたしだって、年を経るにつれ、当時の記憶は薄くなってきている。現実にあったことだと思えなくなってきている。 物語の中の話だったのかもしれないと。だからわたしは彼女の事を、中学を卒業してから誰にも話したことは無い。
 大きな秘密を抱えているということは、口に出さなくても滲み出てきてしまうのかもしれない。壁になってしまうのだろう。 中学の時に出会った未来から来たらしい女の子が、わたしは今も好き。わたしは、その人のために、彼女を忘れられないがために、恋が出来なくなってしまった・ だなんて、誰かに言えるわけもない。黄名子ちゃん以上に好きになれる相手は十年経った今でも見つからない。
 もう黄名子ちゃんに逢うことすら叶わないというのに。




 さんさんと照りつける初夏の日差しが眩しかった。東京某所のオフィス街はアスファルトの照り返しでさらに灼かれ、行き交う人々は頭を垂れて彷徨う。 ショートカットを撫でつけて、他のOLと連れ立って歩く。ヒールが鳴る。生活はリズム良く上々。ただこれがどこまで続くのかは分からない。 オフィス街の果ては地獄かもしれないし、ヴァージンロードかもしれないし、一人用の獣道かもしれない。

(わたしに2番目は無いかな)

 空野が胸中苦笑いをする。みんなのきれいな巻き髪が分からない。婚活雑誌もっと分からない。 人並みの化粧とネイルとファッションで、どうにかこうにか溶け込んでいるけれど、たまにここがどこだか分からなくなっていた。 中学時代がピークだなんて、と自虐的に笑うけれど、やはりみんなと戦ったり旅をしたりの、あの不思議な時期の事は忘れられなかった。

 もしかするとわたしには別の未来があったかもしれない。と、中学時代に知ったパラレルワールドの可能性を空野はたまに考える。 髪を伸ばしたり奔放な恋愛をしたりしたかもしれない。四大まで進んでバリバリとキャリアを積んでいたかもしれない。 ・・・今の自分に満足していないことは無いし、こんな筈では無いとか、わたしらしくない、などと言うつもりは空野にはなかった。 ただどこか気持ちは浮遊していた。ここではないどこかを探していた。心の部品が1つ落ちてしまったみたいだった。 その失くしたひとつの正体が定められなくて、気持ちのどこかに、ふとした瞬間違和感を感じるのであった。

「空野さん、パンケーキ並ぼうよ」

 パンケーキだろうとカロリーメイトだろうと食べちゃえば一緒よ!・・・なんて言葉を吐くわけにはいかないので、 空野は今日もにっこり笑って、ランチの写真をSNSにアップロードする。







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