空野と中谷の話 「中谷くんは2月、好きかい?」 未だに1月気分だった僕にとって唐突な質問だったけれど、クールさんの活き活きとした笑顔につられて素直に答えてしまった。 「んー・・・あまり好きじゃないです。寒いのは、苦手なもので」 クールさんはくくく、と笑った。中谷くんはいつもでかいマフラーでぐるぐる巻きになってるよね、と。一しきり人の格好を笑った後、急にシュンとした顔をした。 「えと、何か」 「そうかあ。僕の誕生日2月なんだけどなぁ」 「えっそうでしたっけ、ご、ごめんなさい!」 僕の頭の中で、なぜ僕はす、好きな人の誕生日さえ碌に覚えられないんだ!とか、とにかく自分を責める僕が知る限りの全ての罵倒が電光掲示板のように流れてフラッシュしていた。 プレゼントって何を贈るものだったっけ?小学生の時の記憶を探ったけれどもちろんそんなもの参考にならない。 ていうか僕なんかのセンスじゃあクールさんに似合うものなんて選べないよ・・・と頭を抱えたあたりで、またクールさんが笑い出した。 「ふふふ、まぁ嘘だけどね」 「あっ!また騙された? 酷いじゃないですか!」 思わず尖ってしまった唇を、えいとクールさんに摘ままれる。 「ひょっ、あにすうんれすか」 「何を難しい顔で悩んでたの」 少しだけ沈黙。クールさんの指をそっと外して僕は素直に答える。嘘を吐いたり誤魔化したり出来ないのだもの。 「・・・る、ルイさんになにを贈ったら喜んでもらえるでしょうか、って」 「なんだ、それならこれで十分なのに」 そういうとクールさんは僕に優しく口づけした。慌てる僕にクールさんが告げた本当の誕生月は、2月からは一番遠い月だった。そりゃないよ。 ------------------------------------------------------------ 宮坂と風丸の話 締まったり解けたりするような寒暖の中で、春のにおいが少しするような、少しだけ温い日が僕は好きだった。三寒四温とまではいかないけれど、少しずつそういう日が増えている。 飴と鞭、という言葉がなぜか浮かんだ。寒い方が飴な人も居るかも知れないけど。 風丸さんはどうなんだろう。今日は僕にとって鞭の日だった。手袋とニット帽とマフラーで歩く僕の隣では、コートにマフラーを引っかけただけの風丸さんがゆったり歩いている。 「風丸さんは寒い日と温かい日どっちが好きですか?」 「温かい日かな。宮坂もそうだろ?そんな格好してるんだから」 「えへへ。そうです。風丸さん寒くないんですか?」 「うん」 (うわわ、会話終わっちゃった) 二月の冷たい風がひゅうひゅうと僕たちの間を吹き抜けていく。春を目指して行くかのように走っていく。 僕が風丸さんを追いかけて走っていたのはもう10ヶ月も前なのか。風丸さんはサッカー部へ行ってしまって、旅をして、帰って来て、 前よりも凛々しく強く優しく笑うようになった。そして、僕が風丸さんの手を握ったのは3ヶ月前。憧れが恋になって僕の心を駆け抜けた。 (少しずつ、で、良いんだよね) 会話が尽きても傍に居るだけで安心できるようになったもの。少しずつ、きっともう風丸さんがどこかへ行くこともないだろう。 しっかり風丸さんの手を掴んで、少しずつ歩いていきたいな。段々と温まっていく季節のように。 「春休み、お花見行きましょうね」 「随分唐突だな。いいよ、行こうな」 僕は、冷たい空気の中に一生懸命春のにおいを探した。 ------------------------------------------------------------ メトロンとゼル改め論と隆一郎の話 冬季限定の屋外スケートリンクに、何が悲しくて男二人で。せめてもう2,3人居ればグループで遊びに来た感じになるというのに。 そして何故コイツはこんなに楽しそうにしているのだろう。オレが気にしすぎなのか?という気持ちにさえさせる程に。 「隆〜靴何センチだっけ?あっ、スケート靴は普段の靴より1センチ大きめが良いって」 「・・・あー、そうだな、それなら28かな」 「わあでかいねえ。あでも砂木沼さんの方が大きいよね」 本当はマキと三人で来る予定だったのだ。だけど土壇場でマキが駄々をこねた。やっぱ寒いのにスケートはおかしーよ!マキ行かない!だ。 無料チケットをくれた瞳子姉さんを思うと、誰も行かないでゴミにするなんて勿体ない事はしたくなかった。それに俺たちは結局体を動かすことが好きなのだ。 「マキもみんなも来ればよかったのにね。こんなに楽しいのになあ」 「待て、待て。お前なんでいきなりそんなきれいに滑ってんだよ」 いざスケートリンクに上がると“体を動かすことが好き”なんて言ってられない程脚が動かなかった。ぎこちなく脚が震える。俺だけ。 「遠い昔に滑った時以来だけど、案外覚えてるもんなんだなあ」 「ちょっと、おい、ちょっと論!おい!」 ちっくしょう!元イプシロンのエースがこんな痴態を!とちょっと昔の血が騒ぎそうになった時、右手首にぎゅうと力が入った。 「・・・え」 「ほらほら、連れてってあげるからさ、早く滑る感覚掴んで」 「あああああああ!だからなんで男二人でこんな!カップルみたいな真似を!ファッキン俺の脚!」 「カップルみたい?あは、じゃあ隆が彼女だね、これじゃあ」 (・・・え?何言ってんのこいつ) 論に引かれて氷の上をつつ、と体が滑っていく。掴まれた手首が怒りと恥ずかしさと緊張と何やらで熱くなっていく。二月だっていうのに汗まで出てくる、畜生! |