真昼のサンクチュアリ




(黄名子発表直後に書いたので呼び方とかあれ)



きれいな風がグラウンドに溢れた。菜花さんがわたしの視界の右から左。ステップを踏むような軽やかさで、スパイクをバレエシューズのように。
わたしのできなかったことを平然とやってのけていた。天馬の傍で、同じ白線の中で戦うこと。
汗を流しながら楽しそうに笑って、長く伸ばした髪を平気で砂埃にさらして、菜花さんはサッカーボールを蹴る。バレエシューズをスパイクのように。
水鳥さんの応援の声、茜さんのシャッター音の炸裂、それらすべてが遠く感じる。
菜花さんの隣に居るような錯覚を起こす。世界のすべてが美しいもので出来ているような、この気持ちは。

「菜花さん、お疲れ様ですっ」
昼休憩の号令のあと、選手のみなさんがベンチへ戻ってくる。おずおずと差し出したタオルを受け取って、菜花さんはわたしに平然と言ってのける。
「黄名子でいいよー、葵ちゃん」
無防備な笑顔と、凛と張った声が体の中へ飛び込んで来る。血管が熱くてうまく作れない笑顔をとっさに浮かべると、菜花さんは、黄名子さんは、そっとわたしの頭に触れる。
「ありがと」

世界のすべてが美しいもので出来ているような、この気持ちは、恋に似ている。わたしをそっと撫でていくきれいな風が、心のどこかに憧れを落としていった。





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君がのこした春が咲く




ねえ、それじゃああなたはどうなってしまうの?と、縋る瞳には涙がにじんでいた。 それならばこう返すしかなかった。運命が変わらなければウチは死んでしまうよ、と。 自分の事ではないのにどうしてそんなに顔をしてくれるのかな。葵の大きな瞳が次々と滴を落としていくのを見ていると、なんだか悲しくなってきて、結局二人でわあわあ泣いた。 お別れは辛いよ。辛いけれど、心の中に思い出があるのなら、ずっと葵とウチは一緒にいることができるんだよ。

「我儘ばかり言ってごめんね。ごめんね、黄名子ちゃん。黄名子ちゃんの方がよっぽど辛いのに、元気づけるどころか泣いてばかりで、ごめんね」



わたしは黄名子ちゃんとそのままお別れをしました。 みんなの前でわたしと彼女の秘密を言うようなことはしたくなかったから、泣きながら笑って、手を握って、みんなと一緒に空へ消えていくバスを見送った。

アスレイさんの話を聞いたうえで黄名子ちゃんがここに居たということは、つまり彼と結ばれてフェイが産まれる未来を承知しての事だった筈。 それでも黄名子ちゃんはわたしを好きと言ってくれた。手を繋いで、腕を絡めて、抱き合って、最後にキスをした。 「葵が居てくれて良かった」と言った黄名子ちゃんと、自分の息子のために過去へ来たという黄名子ちゃん。とても同じ人とは思えなかった。 黄名子ちゃんは未来へ帰ってしまう。帰らなければいけないのに、じゃあわたしは一体どうしたらいいの。 自分の気持ちばかり考えて怒ってしまったわたしに、黄名子ちゃんはごめんねと言って静かに泣いた。罪悪感と悲しい気持ちで、謝りながらぎゅっと抱きしめて、もらい泣きをした。

だけど悲しみは、もうわたしの心の中と時空彼方の彼女の心の中にだけ。 この世界中でわたしだけが知っている気持ちなのだ。この時空で、あなたと恋をしたのはアスレイさんではなくて私だった。 それだけが、誰にも言わないそのわたしの秘密だけが、胸の中で種のように眠っていて、わたしの淋しさを埋めてくれるもの。 心の中に思い出があるのなら、ずっと葵とウチは一緒に居ることが出来るんだよ。 最後に黄名子ちゃんが言ってくれた言葉が、秘密の種の傍に寄り添っている。





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ひかりのはじっこをつかむように



菜花黄名子、未来から来ました!元気よく叫ぶ長髪の女の子の声にクラスメイト一同が耳を疑った。 今日びエスエフが流行っているからって、中学生が多感な時期だからって、とがやつく教室の雰囲気に、彼女は気圧されることなくにこりと笑った。
「よろしく、やんね!」
彼女が笑ってぺこりとお辞儀したとき、胸に不思議な熱が籠った。

黄名子ちゃんはすぐに色んな人の輪へ入っていった。CDの貸し借りを見ればこういった。
「ええ〜!それ図鑑に載ってたシーディーって奴やんね!どうやって使うの〜?」
それからスマフォでメールしているこのところへ行けばこうだった。
「ウチの時代ではね、モニターは空中にあって電話も立体のホログラムと会話できるんだよ!」
制服のデザインには深く感動していた。彼女の服はまるでデパートの受付お姉さんのような、レトロだけど未来的・・・とにかく今のセンスの感じはしなかった。
「リボンついてるね!可愛いやんね」
明るく話しかけてくる黄名子ちゃんに、次第にみんなも笑顔で話すようになっていた。きらきらと光る黄名子ちゃんの笑顔をじっと眺めていたら、ふと目が合う。
一瞬びっくりした顔をして、すぐに笑って、黄名子ちゃんがこっちへ来た。

「チーッス!ウチ、菜花黄名子。名前、教えて?」
「わたし、空野葵。葵でいいよ」
「葵・・・うふ」

黄名子ちゃんがにっこりとする。何も変なこと言ってないよね?と慌てていると、黄名子ちゃんがまた不思議なことを言い出す。

「ウチね、葵のこと知ってるよ。違う世界の葵に会ったんだよ。今日はちょっとタイムジャンプを間違えてここに来ちゃったんだけど、またすぐ葵に会いに行くやんね」
違う世界?タイムジャンプ?自称未来人の言うことが全然分からなくて戸惑っていると、追い打ちをかけるように微笑んで告げる。
「正しいルートの葵に会って、みんなに会って、一緒に戦うのがとっても楽しみなの」


次の日になると怪しい転入生は姿も名前も記録も無くなっていた。 わたしの心の中にきらきらしたものを残して。だけど彼女の顔もその愛おしい気持ちすらもだんだんと薄くなって消えていきそう。 どうにか捕まえて抱きしめたいのだけれど、それはちょっと叶いそうにない。





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