永遠とあとすこし
前日の大雨が嘘のように青い空が澄み渡っていた。埃や汚れが全部洗い流されたように見える、大雨翌日の街の眩しさが好きだった。新品のようにびかびかと光る太陽に照らされた秋さんを、いつもよりも眩しく感じた。 高校生になりました。秋さんと私の不思議な関係は、不思議と約3年間途切れることはありませんでした。 夏の爽やかな青い空と、冷たいカフェラテの入った透明なカップと、伸ばした髪を緩く結ぶ彼女と、お気に入りの真っ白なワンピースと、それからその他の大好きなモノたち。私の生活は何の問題も無く上々。 「どうしようかな、私全然決まらない」 「思い切ってショートカットにしたらどうかな」 待ち合わせ場所である駅前のベンチでヘアカタログを広げる事数分。今日、秋さんは3年前から伸ばしていた髪を、伸びた分だけ切るという。私もついでに同じ時間に予約を入れた。一番最初に秋さんの変身を見るため。何かと口実を付けて一緒に出掛けるため。結局私は毛先を揃えてもらうだけでいいかな、と言って予約時間の近づいた美容院へ向かった。 当然私の方が先に終わったから、ソファで待たせてもらっていた。十数分してさっぱりした秋さんが、別に秋ちゃんのせいではないのに、待たせてごめんねと言いながら私のところへ帰ってきた。秋さんのそういう性格の優しさは、私が彼女を好きになった時から変わらない。 中学時代を思い出す長さだったけれど、余程丁寧にブローされたのか、あの頃みたいに毛先は跳ねていない。最近の長い髪の彼女を見慣れていたせいか、懐かしいのに新鮮で、だけどとても可愛かった。 「その位の長さ、やっぱり似合う」 「ありがとう。なんだか照れくさいなぁ、中学ぶりにばっさり切ったんだもの」 「可愛いです、とても」 秋さんは褒めるとすぐに赤くなる、特に可愛いって言うと。大好きって言うと耳まで赤くなる。 美容院の独特の香りと冷房にお別れして、また暑い街へ繰り出した。 秋さんの首筋に浮かぶ汗の玉がつつ、と流れ落ちる。蝉の声が力いっぱいに響く。夏はこんなに力強いものなのに、冬になるとこの暑さを毎年すっかり忘れてしまう、不思議。 冬花という名前ではあるけれど、冬は嫌い。お父さんが帰ってくるまで一人で過ごした、電気ストーブの前で震えた淋しい記憶。 だけどみんなと、秋さんと出会ってからはどの季節も楽しく過ごせた。糸に通されたビーズみたいに、素敵な毎日が紡がれていく喜び。きらきらとカラフル。秋さんと、ずっと一緒に居たい。 「あ、見て冬花さん」 「え?」 弾んだ声にはっとして白い指の先を見る。ジェラート屋さんだ。この暑さでお店は大盛況のようだった。10人ほどの列に並んで、メニューを見ながらああでもないこうでもないと悩んでいるうちに順番が回ってきた。 「秋さん何味?私はメロンだよ」 「私はグレープにしたの」 オレンジ色と紫色。表面がつやつやと光るジェラート。口に入れるとほろりと消えた。冷たい香りがする。秋さんの舌が覗くたび、私はどきりと胸を弾ませる。 「秋さん、メロン一口どうぞ」 プラスチックのスプーンにオレンジを乗せて差し出すと、ありがとうと秋さんは素直に口にする。どきどきどき。これじゃあカップの中でジェラートが溶けてしまうわ。 美味しいね、メロンも。笑った顔が幸せそうで、私も嬉しい気持ち。グレープをお返しにくれた。「はい、冬花さん」。喉の奥がつんとする。幸せをもらいすぎて、涙になってこぼれてしまいそう。子供みたいにじたばたしたい脚を抑える。 「ありがとう。大好き」 日が伸びたとはいえ、夕方には家に帰らなくちゃ。今日の晩御飯は何にしようかな。ジェラートを食べた後お揃いで買ったブレスレットが、左手首でどきどきしている。 「夏はそうめんばっかり食べちゃうな」 「昨日もそうめんだったから、二日連続じゃあお父さん怒るかしら」 中学の時のお話なんかをしていると、短い髪の秋さんが隣に居ると、ふとあの頃に戻ったような気持ちになる。夏の夕暮れ。 紡いだビーズはいつでも辿ることができる。私はこれからもずっと、ずっとずっと、秋さんと一緒に居たいの。本当に、本当なの。不思議な友達以上の今のままでいい。今のままがいい。あの頃の延長みたいに、ずうっと。 ・・・永遠とあとすこし。 永遠と、それが終わったら私の人生のお片付け。秋さんと一緒に、きれいな時間をずっと過ごして、万が一終わったらそれ以降の時間は無いも同然なの。でも永遠だから、終わることは無いわ。 それが私の夢。 「じゃあ、またね秋さん」 「うん。またメールするね」 角を曲がって見えなくなるまで秋さんは振り向いてくれた。私は買い物をして帰ってご飯を作る。この時間、この時間さえも全部秋さんのためであったらよかったのに。それがずっと続けばいいのに。ほんの少しのお別れも許されないくらいに。 title:花眠 |