そこへ行くことができたら




黄名子ちゃんとの出会いは突然だった。ただでさえ時間を旅するなんてエスエフなことをしているというのに、 その影響で雷門中サッカー部のこれまでもがタイム・パラドックス?とかで書き換えられてしまったというのだから、もう私には何が何だか分からないわ。 これって、何もかもが終わったらちゃんと元に戻るのかな。初めはそんなことを呑気に思っていた。 今は違う。元に戻ってしまったら困る。黄名子ちゃんと過ごしてきた、短いけれどたくさんのことがあって、いろんな所へ行った、その時間を終わりにしたくなかった。 これからサッカーに関係ないこととかも、いっぱい一緒に楽しみたかったな。

「・・・時空最強イレブンが、100人くらい居たら良かったのに」
「それじゃあイレブンじゃなくなっちゃうやんね」
淋しそうに笑う黄名子ちゃんだったけれど、彼女はもう決めているんだ、自分の本当の未来へ歩いていく事を。

笑顔がとっても大好きだった。黄名子ちゃんが元気に笑っていると、胸がぎゅうってしたの。 それから、男の子たちに引けを取らずにフィールドを駆け回る姿を見ていると、元気が出たの、だけど喉の奥がツンとして、いつも泣きそうになった。 私は黄名子ちゃんが大好きだった。これからも一緒に居たかった。本当に、ずっと一緒に居たかった。

「時空最強100人だったら、控え選手とか、二軍も作れるよね。私、ジャンヌダルクもいいけど、マリーアントワネットの時代にも行ってみたかったな」
「それ良いやんね。ウチはね、恐竜の時代より、人間が生まれるより、ずうーっと昔が見てみたかったやんね!」
「黄名子ちゃん、それじゃあサッカーは誰がするの?」
「あっ、そうだったそうだった」

いつからだったっけ。もうわかんないや。いつからこんな気持ちが生まれちゃったのかな。 元々叶わない・・・恋、だったけれど、でも、ずっと友達でいることができたら、私はそれで良かったよ。黄名子ちゃんに恋してるよなんて誰にも言えないんだもの。

「・・・命って、不思議やんね。人間や恐竜が居る前から命っていうものがあって、今はウチたち子供だけど、これから大人になって、新しい命が産まれるの。不思議やんね」

黄名子ちゃんの瞳が遠くを見ていた。フェイのこと?と小さい声で聞くと、そう、と澄んだ声が言う。

「恋愛のことなんて全然考えた事ないのに、いきなり未来の夫とか、子供とか、びっくりしたけどね、でも、それでもフェイはやっぱりウチの子供なんだなあって、分かってしまうの」
「そう、なんだ。なんか、まだ同い年の筈なのに、黄名子ちゃん大人だな」
「そんなことないやんね!元の時代の友達で葵ほどしっかりしてる子居なかったし、ウチね、葵のことホントにすごいと思ってるよ!」

胸の奥がどきんと跳ねて、温かい気持ちがじわりと広がっていくのを感じながら、ありがとうって笑うので精一杯だった。 本当に、まだ同い年の筈なのに、お母さんの目をするのはどうしてかな。私には想像もつかないことだったけど、もし私が同じ立場になったら分かるのかな。 そう思ったところで、私が黄名子ちゃんを好きで居続けても、二人ともお母さんにはなれないってことに、気付いた。黄名子ちゃんのこの幸せそうな顔、私と一緒では得られない幸福。

「あー、なんかお腹すいたやんね。葵、一緒にお菓子買いに行くやんね」

黄名子ちゃんがこのまま本当の未来へ進んで行くのなら、アスレイさんと恋に落ちて、それからフェイが産まれるんだ。 もしも、もしも私が黄名子ちゃんを引き留めて、一緒にここで生きていくとしたら、フェイは、居なくなってしまう。そんなのは絶対ダメ。
私が間違っている、もう何もかもが間違っている。未来を捻じ曲げたいと一瞬でも思ったことも、黄名子ちゃんがこんなに大好きだということも。
埋まらない時間の差、こうして隣に居るはずなのに、私達が出会うことはもうないのかな。
黄名子ちゃんが黙ったままの私の顔を覗き込んで、葵?と首を傾げる。喉の奥が焼けるみたいに熱い。震える声でやっと言った。

「未来の世界に飛行機で行くことができたら良かったのに。普通にフランスに行くみたいに」

そうしたら黄名子ちゃんは、また淋しそうに笑った。それから、今にも泣きそうな私を慰めるように、そっと手を繋いでくれた。





企画・空は、あおい。様に提出