僕の花




タオルケットを巻きつけながら僕は天井の向こうを見る。その先に風丸さんと僕の世界がある。制御不能な夢を見る前の、自由なまどろみだ。


初恋は至って普通に、クラスメイトのおさげの子だった、小学校。クラス一の成績に、はきはきした態度。黒い髪、ぱっちりした瞳。僕はすっかり魅了されていた。彼女へのなま温かい想いはこれからも続いていくし、いつか気持ちを告げたら可愛いお嫁さんになってくれるのだろう。ほんの数年前の幼い夢は誰しもが抱え得るようなありふれたものだった。
私立中学校を受験した彼女の面影は今や失われつつある。卒業アルバムを開こうという気にもならないのは、もう彼女との幸福を嘱望する意味が無くなったからだと自覚している。次に好きになった風丸さんへの気持ちが、その頃には心の奥底の全域を占めてしまっていたからだ。
風丸さんは男子陸上部の先輩。他を寄せ付けない部活の戦績と、さっぱりした態度。長い髪、真剣な眼差し。いつかあの子を好きになったみたいに、いくつも彼の良いところを見つけることができた。
僕にとって風丸さんを恋愛対象と見ることは別段おかしなことではなかった。ああ、やっちゃったな、その程度しか自覚したときの後悔は無かった。惹かれるべくして、僕は彼を見つけてしまったのだ。

「お前のフォーム、羨ましいな」
風丸さんはあるとき、僕にこう言った。
「オレ、一年の頃よく注意されたから。がむしゃらすぎるって」
「風丸さんは誰よりも速く走りたかったんですね」
「頭がそればっかりで、空回りしていたんだよな」
そういう気性や、それから今の美しい走りに辿り着くまでの努力、真面目さ、僕はそういうところを尊敬します。そんなようなことを返した筈だ。風丸さんは照れ笑いを押し隠しながら「ありがとう」と言った。思えばそれから風丸さんとの距離がより縮まったのではなかっただろうか。
ただ勿論それ以上、僕の望むまでには届く筈は無かった。僕は風丸さんを恋人にしたかった。だけど彼はそれを拒む。
「そういう気持ちには悪いけどなったことが無い」「嬉しいけど受け入れられない」「ごめんな、宮坂、ごめん」
風丸さんとの輝かしい毎日だとか彼の優しい声音だとかそういうものを次々思い出して、もう戻らないものを、思い出して。失ったものの大きさを僕は計ることができなかった。なぜって、こころは満たされる筈だったから。
僕のこころは空っぽだった。彼への大切な想いはこれからも続いていくし、いつか気持ちを告げたらいつまでも傍に居て愛してくれる存在になってくれるのだろう、そう思っていた。いつか初恋で知った甘い夢の味は例外なく全ての花に内包されるものなのだ、僕が吸い出さない限り枯れることなくあるものだ、そう信じていた。僕のこころは、空っぽだった。


タオルケットを巻きつけながら僕は天井の向こうを見る。その先に風丸さんと僕の世界がある。所詮叶わぬ夢を壊す前の、自由な、僕だけの、僕とあなたの甘い秘密。