はつこい




アイだのコイだのという言葉を使ったことはない。というかそもそもそれがどういうことなのかを知らなかった。
あたしはそれらの意義を理解するより前に、彼女に惹かれていた。
なんてことはない。大好きな仲間の中でただ一人、彼女への。秋への好きだけはどうしてか違っていた。それだけ。
一緒に居るのが嬉しくて、塔子さん、と呼ばれるのがくすぐったくて、アキ、と呼ぶのは恥ずかしかった。ドキドキした。不思議だった。


練習、午後の部。3時くらい。
「よーっし!休憩!」「あーっつい!」「水、水」
円堂の掛け声で、みんな一斉に秋たちの元へ走る。

「はい、塔子さん」
「サンキュー」

春奈に手渡されたタオルを広げる。と、そこからタオルがもう一枚出てきた。
ありゃ、返そうか。思ったけれどそこにちょうど円堂が来る。

「あ、円堂。タオル余ったんだ、やるよ」
「ん?ああ、サンキュー!」

そう言って首もとを拭う円堂から、ふいと目を逸らす。すると視界に秋、タオルを持ってこちらに駆け寄りかけて、止めて、その手を下ろして。
あれ?なあ、どうしたんだよ。
そんな目で見ないでくれよ。
悲しそうな瞳が焼き付いた。彼女が俯いたあとも、あたしは秋から目を逸らせなかった。



みんな知っていたというのだから驚きだ。
あたしが、秋は円堂のことが好きだと知ったのはついさっきだ。知ったというか、理解した?
みんなが秋を好きでいるように、あたしがみんなを好きでいるように。秋はみんなが、円堂が好きなのだと思っていた。
違った。
あたしが秋を好きでいるように、だ。
驚きで身じろぎもしないあたしを余所に、説明に疲れたリカがあ〜っとため息を吐いた。

「いきなりなんなん?愛だの恋だの、アンタどーでも良さそうだったやん。まさか円…」
「サンキュー、リカ!」




走って見つけた秋は風呂上がりで、石鹸の匂いがふわりとした。

「あっ、アキ!」
「あれ、塔子さん。まだお風呂入ってないの?」
「そうじゃなくてさ、あの、その」

だからなんだ。あたしは秋が好きで、秋は円堂が好きで、そもそもあたしは秋がどう好きなんだ?
混乱する頭が答えを弾き出さない。何を言いたい、何を言えば。

「アキは、円堂が、好きなんだろ?」

サッと青ざめる。秋も、あたしも。
バッカヤロ!どうしよう。秋がう、とかあ、なんて言いながら視線をさ迷わせた。

「あたし、アキのこと好きだからな!」
「え!あっ、ありがとう」

あたしが怒鳴ると、困ったように秋が笑った。

「えっと、わたしも好きよ?」

ああ。気付いてしまった。なんとなく。
あたしが秋を好きなように、秋は円堂が好きで。秋があたしを好きなのは、あたしがみんなを好きでいることと、同じなんだって、理解してしまった。

「へへ、いきなりゴメン」
「んーん、じゃあ、また明日」
「ああ」



恋がどんなものだかまだよく分からない。好きだけど、だからなんだ。大体この好きっておかしくないか?みんなへの大好き、とどうしてこんなに違うんだ。そんな感じ。
あたしは秋と一緒に居たいと思った。できればこれからも一緒に居たいと。
だけどそれが、これからもずっと友達で、なんてレベルじゃないことがとても恐ろしかった。
好きだって言いたい。もっと言いたい。あたしはどうしたらいいんだ。
奇妙な感覚を抱えながら、秋の優しい笑顔を思い出す。くるしい。