夏の花色




剥げかけてきた彼女のマニキュアで夏の終わりを知る。表の夾竹桃はまだ燃えていた。抜け殻のような枯れ花がぽつぽつと落ちている、晩夏。
布美子がショッキングピンクだった爪を擦って色を落としている。部屋に漂う除光液の匂いが不愉快。冷房を止めて窓を開け放した。ああ、暑い。
「あ、ごめんね玲名」
「いや、いい」
また作業に戻る布美子。蝉のこえが飛び込む窓辺には、ドライフラワーが。布美子の部屋はどうにも女らしかった。殺風景な自室を思い出してやや苦笑。


あんまり退屈で、布美子の髪に手を伸ばす。手入れの行き届いた柔らかい髪。丁寧に巻かれた整った形の。
「なあに、玲名?」
「退屈だ」
「ごめんごめん、もう少し待って」
ピンク色のコットンがプラスチックのゴミ箱に重なる。こうして布美子の爪は、元来の色を取り戻す。
ベースコートを塗って、今度は新しく深緑を重ねて、トップコートでなぞるまでを、わたしは側で静かに見ていた。乾かしている間だけ布美子はわたしに意識を向けて、あとはその形の良い爪に小さな刷毛を沿わせることに集中していた。その行為と布美子があまりに似合っていて、変身する爪がきれいで、わたしはさっき程退屈してはいなかった。
「ごめんなさい、お待たせ」
「いいんだ。見ていて面白かったよ」
「玲名は?マニキュア塗らないの?」
「わたしは別に、いい」
わたしの爪には何も無い。何も施していないまま、光を鈍く反射してつまらない。
「ところで今日はどこか行きたいところあったの?こんなに朝早くから人の部屋に来て」
「うん…いや、別に無い。ただ布美子と今日は1日一緒に居たくてだな」
赴くままのわたしを、ふふっと布美子は声に出して笑った。左手を唇に添える。緑色、きれい。
「じゃあ玲名、今日はわたしと、あなたに似合う色のマニキュアを探しに行かない?」
あ、嬉しい。わたしは自分の胸の奥がじいん、と熱くなるのを感じた。
「行く」


折角だからホラ!と布美子に無理やり履かせられた彼女のスカート(わたしはパンツ派だ)を、風がそよそよと撫でた。布美子のワンピースも同じように揺れた。
「夾竹桃、きれいねえ」
「そうだな」
ショッキングピンクの花色に、そういえばさっきまでの布美子の爪色を思い出す。ああ、あれは夏の色。
「行こうか、布美子」
「行きましょ、玲名」
まだ日は暑く照りつける。布美子はわたしに何色を教えてくれるのだろう。暑苦しい天気さえこころから楽しんでいるわたしが居た。好きというのは、不思議な気持ちだ、まったく。