春と放課後
金曜日の放課後、オレンジに夕焼けた2年B組。 音といえば外のテニス部の声だけだった。ナイッショー、ファイトー。尾を引いて透けていく声だけだった。 さっきまで繋がっていた唇と唇を離し、大谷がにっこりと微笑む。 「メリィちゃん」 「なによ」 「わたしのこと好き?」 「…別に嫌いじゃないわ」 4月、ふたりは同じクラスになった。 大谷はメリィを知っていたが、メリィは大谷を知らなかった。 成績も運動もトップクラス、顔もきれいなお嬢様。ここが女子校でなかったらさぞちやほやされただろうが、同級生の女子生徒らは、こぞってメリィをのけ者にした。 「わたしは好きよ」 「そ、れはどうも」 学級委員。2人のクラスでの役職はそれで、今日も委員会のあれこれで教室に残っていた。 押し付けで学級委員になったメリィと、誰も立候補しないなら・と自ら挙手した大谷。 人懐っこい大谷は、つんけんしているメリィ相手でも動じない。バランスをとって順調に、ひと月を過ごした。 「わたしね、レズビアンみたいよ」 ほんの数日前。 「は…?」 体育祭のための書類を書きながら、なんでもない風に大谷が言う。 「メリィちゃんを好きになっちゃった」 「なによ、いきなり」 「顔がね、好み。性格も好きだよ。足もきれいで、好き」 「ちょっと!お、大谷さんっ」 メリィの頬を、大谷が包む。 「やだ!なんなのよ、っ…」 三瀬芽里衣、ファースト・キス。しかけた大谷はけろりと笑う。 「だからもっと仲良くしてね」 「それを普通先に言うの!」 「メリィちゃんは素直じゃないから、わたしに好きって言ってくれないのかな?」 「別にす、すきとか思ってないわよ」 「嫌い?」 「嫌いとは言ってないわ!」 抱き合って交差する頭。相手の顔は見えない。 テニス部がクールダウンの走り込みを始めるまで、ふたりはおとなしく抱き合っていた。オー、ファイオー、ファイオー。その声に混じって、廊下から足音が聞こえた。 途端、メリィがぱっと体を離す。校内警備の初老の男性が、がらがらと教室のドアを開ける。 「もうすぐ下校時間だよー」 「はーい、ありがとうございます」 大谷がいつもの調子で笑いながら言う。 「か、帰るわよ」 カバンを机からひったくり、踵を返そうとしたメリィにふと、大谷が声をかける。 「…ねぇねぇメリィちゃん、わたしのこと、好き?」 「だから、嫌いではないって言ったじゃない」 「好きって言って欲しいなあ」 少し寂しそうな目。 両手のひらで、右手を捕まえられる。逃げられ、ない。 「す」 「うん」 「……き、です」 「もっとちゃんと」 メリィの顔は今や、りんごの実のような赤い色。 「大谷さん、好き」 「つくしで良いって言ってるのに」 「…つくし、ちゃん」 ふふふふ!大谷が楽しそうに笑う。 「嬉しいな、メリィちゃんがやっとわたしを好きになってくれた」 「あっ、あたしは別に今好きになったんじゃないわ!」 きょとん。目を丸くした大谷に、ぎこちなくぎこちなく、唇が寄せられる。 「好き。大好きよ、メリィちゃん」 大谷はその意味に気付き、たまらず口付けを返す。 たそがれていく教室、お互いの存在だけを感じ合う。 ずっとふたりきりだった気がした。ずっとふたりで居たい気がした。つまり恋なのか、これが恋なのか。ぼんやりと思った。 |