おかえりが言えない




マキュアさん。

キャラバンの一番後ろの席に座っていたマキュアを、マネージャー…春奈が呼んだ。
おずおずと近付いてくる。
よくないことがあったんだ。その仕草でなんとなく、察しがついてしまう。



「モールさんが見つかったそうです!」

春奈がマキュアに慌てて告げたのは昨日。マキュアがここに来たのはその数日前。イプシロンが完全に負けてしまったのはさらに少し前。
…あれからマキュアたちはバラバラになって逃げた。誰がどうしているのか確かめる方法はなかったし、そもそも自分がこれからどうするのかさえも決まっていなかった。わからなかった。だけど。

サッカー。

結局マキュアも最後にはソレだったみたい。
「あなたたちと戦いたくて待ってたの」
デザーム様とも、クリプトとも、モールとも…みんなともそのうち会えるでしょう。マキュアはそう思ってただただボールを蹴っていた。



「とりあえずこっちです」
「うん」

導かれてステップから降車。俯いて深呼吸。
…目の前に、彼女。

「わたしは、わたしは誰なの」

頭を抱えるモール。か弱かったモール。
相変わらずのボンベ姿なのに、その中央で潤む瞳はかつてのそれではなかった。
リカと塔子に支えられて、立っているのがやっとのようだ。

「モール?」

呼んでいるのにこちらを見ない。

「モール、モール」

マキュアだよ、ねぇ、

「記憶、無くされているらしいです」

春奈が小声をマキュアの耳元に寄せる。

「忘れた、の」

逃げ切れなかったんだ。
視線をふらふらとさまよわせ、マキュアに止まる。止まってすぐまた、どこかへ行ってしまう。

「わたしは誰なの」




暫く寝かせていたモールが目を覚ました。
飛び起きて、首を振る。

「ここはどこ、ここはどこなの」
「…だいじょうぶだよ」

マキュアは、何を言えばいいの?今までの全部を言うなんて無理だし、ずっと昔のことを言っても彼女の記憶喪失と辻褄あわないし。そういえばもうこの子はボンベ、外していいのかな。可愛い素顔を思い出す。何を言えばいいの?どうしたらいいの?他のみんなは無事なの?
もくもくと湧く、止まらない。それでも、モールの気持ちを落ち着かせる方法はひとつもわからなかった。

「あのねモール」

会話のあても無いのに呼びかける。なあにマキュア?幻聴、思い出。

「モー、ル…?」

そう、だ。モールはモールも忘れてしまったんだ。全部忘れてしまったんだ。

「モール、あのね!あなたがあまりにマキュアの友達のモールに似てて」
「マキュア?」
「マキュアはあたし!だからその、あなたをモールでその…」
「モール、マキュア…」

無垢な目がマキュアを見つめる。そういえばモールの素顔、最後に見たのはいつだっけ。

捨てられてしまった本当の名前も、この子は忘れちゃったんだろうな。思い出、も。

「泣いてるの、マキュア」
「…泣かないよぉ、マキュア強いもん」

手の甲で拭った涙をユニフォームになすりつける。うそつきなマキュア!
すごく悲しかった。自分たちのやってきたことを今だけ忘れて、理不尽さを思い切り叫んでしまいたかった。

「ごめんねモール」

不思議そうな目をしたモールにぎゅっと抱きつく。
腕を回し返される。安心する。
この子はモールじゃないよ、マキュアはそう思った。
無邪気で、いつもにこにこしていたあの日の少女を思い出した。
記憶を無くしてしまったけれどやっと帰ってきた、マキュアの大好きなあの子なのに。
悲しくて悲しくて、マキュアはやっぱり泣いてしまった。声をあげて泣くのなんて、酷く久しぶりだった。