終幕と帰還




久しぶりに外の空気を吸った。あたしがさっきまで居た船は沈没した。命からがら逃げてきた。
救急車だパトカーだが埠頭に集まっていて、普段見慣れている場所が刑事ドラマのような風景になっているのが不思議だった。
走り抜ける。逃げる。
事情聴取?とかあるのだろうか。知らないけれど、とにかくここに居たくなかった。


いくらサッカーをやっているといっても、体力には限界がある。
必死に走って辿り着いた、ここは家の近所の河原。
埠頭の大事件のおかげで人影は疎らだった。

さて、どうしよう。いずれ帰らなくてはならないけれど、家へ行くのも億劫だ。
あ、チクショウ。そういえば部活のユニフォーム、船のロッカーの中だ。沈んじゃった。
真帝国、のユニフォームを摘み、河原の石を蹴飛ばして、水面を割っていたとき。

「忍!」

突然、大声があたしを呼んだ。
下の名前で呼ばれたのも久しぶりだなァ、なんて呑気に思いながら、声のした方へ首を動かした。

「美月」

肩で息するクラスメートは、あたしの上方、橋の上に居た。
驚いて立ち竦んだままでいると、向こうからやって来る。じゃりじゃりじゃりじゃり、河原の大きな石が音を立てる。

「ねぇあんた、どこ行ってたの?まさか最近の連れ去りに関係ある?それとも埠頭の事故?」

美月らしいつっけんどんな喋り方、暗緑色の目は遠慮なく真っ直ぐにあたしを睨みつけていた。

「残念、どっちもだよ」

あたしが笑ってみせると、美月は頭を抱える。ばっ…か!

「どこに居たの」
「だからその、事故の船。潜水艦」

不思議と、友人の前だと強がりたくなってしまうものだ。あたしは口角を必死に上げ続ける。
美月は、どうしたものか、とでもいうように視線を泳がせていた。

「忍、とりあえず大丈夫なの」
「ふん。誰に聞いてんのよ」

…沈黙する。川だけがせらせらと、音をたてる。

「あーもう、あんたはホントに強情というか」
「悪かったね」
「悪かったついでに、早く家帰りなよね。話は学校でゆっくり聞き出す」
「はーいはい」

あたしの返事を聞くと、んじゃあたしはこれで。と伸びをする。

「忍」
「あ?」
「おかえり」

言うと美月はニッと笑い、あたしと似たような桃色の髪を翻す。サンダルでがらがら、石を蹴って行く。

「ただいま」

口角が下がる。あ、ヤバい。喉アツい。泣く。
今は何も聞かれなかったけど、そういえば学校で聞き出す、なんて言っていた。
人のこと言えない程強情な奴だし、きっと半端に心配して終わりなんかにされないだろう。

話そうと思った。もっともっと話したい。
それに気付き、あたしは帰ってきたんだと実感する。
とりあえずお腹が空いた。
Gマートで何か買って、それから久しぶりの我が家に帰ろう。
多分警察には一度行くことになるだろうけど、それさえ学校で笑い話にしてやろうと思った。