世界を変える




 僕たちは何もしていなかった。どこにも所属していなかった。この小さなボロアパートがこの世の中の全てだった。
 僕は風丸さんの体の全てを知り尽くしていたし、風丸さんも僕の体の全てを知り尽くしていた。
 体のラインやほくろの位置、どこに触れたら一番喜んでくれるか。
 僕たちは生活のほとんどを互いの体を弄ることに費やしていた。お金は必要最低限しかなかったけど、そんなことはどうだって良かった。
 僕がまだ何も知らない子どもだった頃から(好きだけど何をしたらいいか分からなかった頃から)ずっとずっと焦がれていた世界とは、ここだったのかもしれない。
 幸せだった。あとは何も知らない。



「お金を貯めよう」

 真夜中だった。風丸さんがこんなことを言うなんて初めてだったから、僕は大層驚いた。
 このところ、コンビニのアルバイトでレジを打っている最中も風丸さんの身体についてで頭がいっぱいだった。そうなると僕は職を変える。
 だから昨日、そこを辞めてきたばかりだ。
 新しいバイト先の目星は付いていない。


「お金を貯めよう。パスポートを取ろう」
「風丸さん?」

 言わんとする意味がわからなくてきょとんとする僕の黄色い頭を、風丸さんが撫でる。こうされるのが、僕は大好きだった。

「結婚しよう」

 柔らかい微笑みときれいな声が、僕の中に溶けていく。



 明日僕たちはネットカフェで、僕らが幸せになれる国を探す。新しいアルバイトを探す。それから語学学校も。
 今までで一番幸せだった。びっくりする程幸せだった。

「風丸さん、ありがとう。大好き」
「俺もだよ」

 口付ける。僕の唇は風丸さんしか知らない。いよいよ僕は自分が風丸さんのためだけに生まれてきたのだと、確信した。