微笑むマドンナ
1春奈と秋 普通こんなシチュエーションは男の子と女の子の為にあるのであって、あたしと木野先輩には適当では無い筈なのに。 それでもあたしは間近にある木野先輩の滑らかな頬、黒く澄んだ瞳、それを縁取るしなやかな睫毛に胸を高鳴らせてしまっていた。 「お、音無さん…」 ぶつかって、もつれてあたしにまるで組み敷かれたようになってしまった木野先輩。あたしの体の下で、困ったように笑っていた。 あたしはというと、木野先輩に見とれてしまって声すら出せないでいた。お恥ずかしい限りです。 「音無さん、えっと…」 そしてつややかな赤い唇。思わずあたしはそれに自分の唇を重ね合わせる。 柔らかくってとってもステキ。体温がじわりと伝わった。 「木野先輩ってすごくきれい」 顔を真っ赤にしながら「きれいっていうのは、夏未さんみたいな人に使うのよ…」と冷静に木野先輩は言った。 可笑しくってもう一回、唇を啄んだ。 2冬花と秋 「ときどきね」 白いてのひらが骸を包む。殺したてのひらで埋葬をした。 「こうやって殺したくなってしまうの」 こちらを見上げる瞳は静かに濁っていて、初めて出会ったときに感じたキレイだ、という印象はもうもてなくなってしまった。 「わたしは殺すの」 地面に小さな土の膨らみをこしらえて彼女は立ち上がる。何も考えていなさそうな、感じていなさそうな無表情。 「キレイだな、大好きだな、って思って、そのあと殺してしまうの」 血を浴びて死体に触れて土を混ぜた、汚れたてのひらがわたしの頬を遠慮無く撫でた。 「木野さんはキレイ」 埋葬されたあの鳥に、羽は一枚も残っていなかった。思い出す。楽しそうに嬉しそうに、冬花さんは久しぶりに笑った。 3塔子と秋 「ほーらっ!起きてよ塔子さん!」 あと5分…口に出せない位眠たい。 裸の体にしっとりと毛布が馴染んでいる。気持ち良いからもっとくるまっていたい。 昨日あたしと秋は散々お互いの体を触りあってから眠った。秋は普段目に見えないところまでキレイで、普段出さないような甘い声を出して、普段じゃ考えられないような不器用さであたしに触れてきた。秋が可愛くて可愛くて、あたしは必死に秋が喜ぶ箇所を探した。 だけど秋の全てを満たす存在に、あたしはなれない。カラダは完全に交わることは無い。そう思って途中で少し泣きそうになる。 いくら女の子っぽくない、なんてよく言われるあたしでも、男子じゃないからダメなんだ。 彼女の子宮に、あたしは今も、これから先も、絶対に届くことはない。 「今日一緒に映画に行くって約束したの、忘れたの?」 「……あっ!起きるよ、悪い悪い!」 「もー、塔子さんったら」 これだけ好きでも、あたしは秋のすべてを知ることはできないんだよなぁ。 微笑む秋にキスをする。今日も明日もこれからも、ずっと秋と一緒に生きていきたいよ。 4大谷と秋 「秋ちゃん、ほんとに良かったの?」 と、わたしは彼女に昨日から何度も聞いている。だって秋ちゃんは円堂くんのことがずっと好きだったのに。好きなのに。 …それでも秋ちゃんに選ばせてしまったのは、他でもないわたしだけれど。 「つくしちゃんったら、昨日からそればっかりよ」 にこにことわたしを優しく笑いながら、秋ちゃんはさり気なくわたしの手を取った。わたしも笑った。 「ねぇ秋ちゃん、カフェモカ飲みに行こうよ」 と言うと、急にぎゅうっと手を握る力が強められた。秋ちゃんは俯いていた。 「…秋ちゃん?」 「ごめんねつくしちゃん、わたしつくしちゃんのこと大好きだよ」 「わたしも秋ちゃんが大好きよ」 それを聞くと秋ちゃんは急にウワッと泣き出した。わたしは直ぐに彼女の背中に手を回す。 円堂くんが選んだのは秋ちゃんじゃなかった。だからわたしが、ずっと好きだった秋ちゃんを選んだ。 わたしって酷い女の子かもしれないな。大好きな秋ちゃんを胸に抱いて、ちょっぴり悲しい気持ちになった。 5モールと秋 東くんに「校門に居る女の子が木野を呼んでたぞ」と言われて、わたしは早速そこへ行く。可愛い女の子がひとり。 「えっと、わたしを探してたのって…」 「秋、久しぶり」 わたしの声を遮る声。耳に覚えのあるそれを聞いて、数ヶ月前に敵対し、出会い、仲良くなって、別れたあの少女がすぐ浮かぶ。 「モール、さん…?」 「ええ。お久しぶり」 わたしが知っていたモールさんは、顔を覆う赤いボンベをしていて、記憶を失っておどおどとしていた。今目の前に居るのは明るい女の子。可愛い女の子。 「もう体はいいの?記憶は?」 「入院したけど今はもう大丈夫。記憶も戻ったわ。秋、あの頃はごめんね、ありがとう」 饒舌なモールさんに少し違和感を覚えて苦笑する。ううん、だけど今の方がずうっと良い。 「それとね」 「うん」 恥ずかしそうにモールさんが言う。 「わたしの本当の名前、森野留美っていうの。あの、秋に…呼んでもらいたい」 「…ふふ、可愛い名前だね。留美さん」 「ちゃん付けされる方が好き」 「留美ちゃん」 わたしたちは笑い合って、それから連絡先を交換した。 留美ちゃん、留美ちゃん。音を立てずに口内で弾けるその音を、楽しむ。不思議ととっても心地よかった。 |