祈れる子らの愛してる




 その日もとても暑かった。スクールの放課、サッカー場に忘れてきた着替えを取りに行こうかと思っていると、見知った顔がやって来る。ビヨン・カイルだった。

「ナセルか」
「おお、カイル」

 ぽつぽつと挨拶を交わす。同じサッカープレイヤー、キーパーとディフェンダーの関係。オレとカイルはよく言葉を交わしていたし、彼はとても頼もしい。良い信頼関係を築けている。チームメイトとしても摩擦無く過ごせていた。

「どこへ行くんだ」
「忘れ物を取りにちょっとな」

 そうか。返事をするとカイルは俯く。なんだか、なんというか、今日の彼は雰囲気がいつもと違う。乱暴な口調やぶつけるように遣る視線に変わりは無いのに、秘密を抱えているような、ゾッとこちらの肝を冷やすような、張り詰めた雰囲気。
 そして突然カイルはそれを爆発させた。目がピクリと震えて、噛みつくように口を開く。

「好きだ」

 オレに、好きだと、言った。嫌な予感を感じつつその真意を模索していると彼は乱暴にオレを壁に叩きつけ、そのまま首に手をかけた。咄嗟のことに声も出ない。抵抗もできなかった…くるしくて、かは、とせきをして、カイルははなして、くれない。
 浅く繰り返す呼吸の傍で、カイルが呟く「愛している」、それは愛情の意だった。
 そんなこと言われたって酸素の足りない脳髄は気の利いた冗談で受け流す余力をもたない。まともに声だって出せない。
 おかしいだろ、なあ、捕まりたくないからオレを殺してしまうの、なんでお前同性愛なんだ、オレなんだ。泡になりそうな叫びは喉の奥。
 あいしてるあいしてる、彼の声で沈んでいく風景、カイルはオレの首を絞めながら何度もそれを言った。

ビ、ヨ、ン。

 薄まりかけた意識のハザマで荒く振り絞ると手が一瞬だけ緩められる。オレは死にたくなかったから全力でビヨンを振り解いた。咳、呼吸!噎せて丸めた背中にどういうわけか手が添えられる。

「愛している、ナセルを」

 そして泣いていた。泣きたいのはこっちだというのに、オレは彼の涙に慌てて、止めてやりたくて、それどころじゃあなくなっていた。

「そんなにオレの首を締めたいのか?」

 腕を回してやりながら問うといいえを示す。ごめんと零す。謝るくらいなら始めから言わないでくれ、殺めようとしないでくれ。だけどそんなこと言えない。きっと傷つくだろう。だからカイルを抱き留めて撫でる。背中に回し返された指の力は強くて、痛くて、必死で。縋られているのだろう、と感じる。だけどその手を引くこと、オレには許されない。お前は唇や体やなんかをオレに預けてはいけないよ。そう思っていても引き剥がすことはできなかった。


 腕の時計を横目で見ると、そろそろ礼拝の時間だった。行かないわけにはいかないが、オレたちが抱えているのは罪だった。誰かに会ったら言い当てられそう、神に見透かされてしまうだろう、この腕を外したら悲しむだろう。ここから離れることが、カイルを離すことが、怖かった。
 愛と認めれば罪になるのなら、二人は一緒に居られない?
 今度はオレの番だった。背中から腕をそっと外して、胸に埋まる首に手をかけた。