生活放棄




1佐久間と源田

 携帯電話は鳴り止まない。電話とメールを受信し続ける。
 傲るつもりは全くないのだが、俺はどうやら女によく好意を抱かれる。
 好きになるならもっと性格の良い奴が居るだろが。寺門とかサイコー。俺が女だったら絶対抱かれちゃう。
 佐久間はきれいな顔をしているからな。
 そう笑って言ったのは確か、源田だったように思う。だからモテるんだ、とかなんとか。冗談じゃない。
『佐久間くん初めまして、わたしは××中の…』『○○からアドレス聞いちゃいました、ごめんなさい』『この前の試合…』
 知らないメールアドレスの羅列、の割にどれを覗いても似たようなことばかり。
 ふと、その中にひとつ、毛色の違うものを見つけた。
『源田くんが好きなんです』から始まるそのメールの送り主は、どうやら俺を源田だと思っているみたいだ。
 怒りが、込み上げる。
 俺を源田だと勘違いしてることにでは決してない。
 コイツが源田を好きだ、ということ。ムッカツク。

(ふざけんな、源田は)

 携帯電話を折る。正しくない方向に。ばきっと音を立てて機能停止。床に叩き付ける。スパイクでぐっしゃぐしゃにする。

(俺のだ)

 がしゃ、がしゃ。破片になったそれをさらに砕く。
(俺はあんたたちみたいに、こんなのに頼らずともアイツと話せんだよ)

 俺の勝ちだ!




2洞面と成神

 僕は成神のヘッドフォンが嫌いだ。
 僕の声がちゃんと届いているのか不安になるから。

「ねぇ、ねぇちゃんと聞こえてるの?」
「え?もちろん」
「健也くん」
「ん?なに?」

 秀一郎くん、なんて呼んでみる遊び心が無いワケ?ねぇちゃんと聞こえてるの?
 でも、うーん…男子中学生が名前で呼び合うなんてアレだね。まったく、カップルじゃあるまいし。
 …カップル。

「ねっ、成神。ダイスキ、愛してる。付き合って欲しいんだけど」
「ん〜?俺も洞面好き好き」

 カラカラと笑う。ホントにホントに心の底からの笑顔のようだけどねぇ、理解してないでしょ?
 本気だよ、思い付きだけど本気だよ?ねぇ、ちゃんと。聞こえてるの?
 成神の頭からヘッドフォンをぶん取る。遠くに遠くにそれを投げた。




3寺門と咲山

 彼自慢の脚で蹴っ飛ばされたノートパソコンは、多分もう息を吹き返さないだろう。
 肩で息をする咲山を、呆気に取られて見つめていると、彼は大声でさらに俺を驚かせた。

「寺門のクセに!!」

 マウスが飛んで来た。かろうじて避ける。咲山のでけぇ声なんて初めて聞いたかもしれない。

「パソコンなんていじりやがって!」

 …俺のことなんだと思ってるんだお前。若干ショックを受けていると、咲山が飛びついてきた。
 これが男女なら抱き付いた、なんて可愛らしく言えるのだろうが、帝国サッカー部レギュラーのボディが俺の胸板に…!なかなかキツい。っていうか痛い。

「俺だけ見てろよぉ…」

消え入りそうな声が、上ってくる。シャツの背中をぎゅうっと握られる。

「見てるよ…」

 咲山の背中では、俺のやや長めの腕は余ってしまう。ぎゅうっと力を込める。
 液晶画面に映っていた肌色の女たちより、咲山の方がもちろんずっと魅力的だ。嫉妬深いけれど、良い奴です。




4恵那と辺見
 夕陽のようにごうごうとオレを突き刺します。燃えている。
 マッチ1本火事の元っていうのは本当だ。点された小さな火は、今や大きな炎となって。
 取り返しのつかないことしちゃったなあ。オレ、ヤバいかな。
 黒い煙に誘われて、もうすぐ大勢がここに来る。いっそのこと自分も焼かれてしまおうか。

 単調な毎日が嫌だった。3年にもなって後輩たちに勝てない自分が嫌だった。それでもサッカーが嫌いになれない、止められない自分が嫌だった。弱いくせに頑張るなよ。

「恵那先輩」

 ふと投げられる声。振り返るとそこには辺見渡、2年生。

「あ、と…これ……」
「燃やしちまった」

 オレが、この。離れの用具庫を。サッカーボールも燃えている。
 沈黙し、うろたえる後輩をじっと眺める。オレはここから動くつもりはない。そしたらどうなるのか?そんなことは分からない、フリ。
 しばらくすると辺見が口を開く。あ、あの。

「あの、ストーブが」
「は?」
「ストーブが倒れたことに」
「バカいえ、そんな季節じゃないぞ。それにオレは弁解とかしない」

 気を使わせてしまった。でもな、お前はレギュラーだろ?オレの気持ちなんて理解しようとしないでくれよ。

「恵那先輩…」

 額が丸出しなおかげで、眉間に皺が寄ったことがすぐ分かる。

「オレは、恵那先輩の味方を、します」

 そう苦しそうに言って、辺見は去った。
 愛校心があるだけあって、先輩もきちんと敬ってくれる奴だと再認識。同級生や後輩にはよく小言を言ってたなぁ。背中を見送る。
 どうしてこんなことを?とは遂に聞かれなかった。少し、悔しかった。
 サイレンが聞こえだしたのと、オレの顎から涙が垂れ落ちたのは丁度同じ頃だった。