あたしがあいしておりました




 本当に行くのね。応援しているわ。行ってどうするの?頑張ってね。怪我しないで。お土産よろしく。咲山さんによろしく。

 喉元でぶくぶく膨れあがった言葉は、良いのも悪いのもひっくるめて全部全部飲み干した。どうしたって日根がわたしを顧みることは決して無い。
 駅のホームに、ふたりきりで座っていた。夕陽と静寂。彼とわたしの世界はそうして満ちていた。そこにわたしの気持ちが入る隙間は無かった。彼が東京へ行くのは、惚れた男に会いに行く為。
 彼は高揚を隠すようにマスクを細い指でずり上げる。わたしも無意識に、自分のそれに触れる。彼とわたしの共通点。そして彼と彼の共通点。
 踏切がカァンカンカンカンカンカン。
 日根が立ち上がる。わたしも席を立つ。

「じゃな。見送りサンキュー」
「…うん」

 ホームに滑り込む電車。彼を連れて行く電車。わたしの大好きな日根次郎を攫う電車。日根次郎が大好きな咲山さんに会う為の電車。
 男が男に会う為に東京行くなんて、バカじゃないの?ついに言えなかった。バカバカおおバカ!こんなに近くで

「好きだよ、日根」

 わたしはあなたに愛を囁くことができるのに。

「……サキ、ごめん。じゃあな」

 ドアが閉まる。日根はもうこちらを見ない。わたしは走りだす電車、ドアのすぐ側に立つ日根を見詰める。遠くなる。走りだす。

「日根、日根!バカ!好きだって言ってるのに!わたしが居るのに!好きなの、日根!」

 絞った声は届かない。日根はもうこちらを見ない。
 夕陽はただただ鮮やかで、彼を失った世界は静寂。カンカンカンカンが止んで、さっきと変わらぬ穏やかな夕方にわたしはたったひとりきり。