自覚症状



 風丸と宮坂は“ホモ”で、付き合ってるらしい。

 そんな噂話が校内で囁かれていることを知ったのは、ついさっきのことだ。中学生らしい乱暴な噂話。デリカシーも何もあったもんじゃあない。
 いつもみたいに宮坂と一緒に弁当を食べて、宮坂の苦手なプチトマトを俺が食べてあげて、宮坂がほっぺたにご飯粒を付けていたからとってあげて、宮坂は楽しそうにけらけらと笑って、じゃあまたな。そう言って別れて食堂から教室に帰ってきたとき、マックスに聞いた。

「なんだ、初めて聞いた?」

 思わずきょとんとする俺に、マックスは「それはゴメンね〜」なんてのん気に言いながら、自分の席についた。

 宮坂は可愛い。
 俺を真っ直ぐ慕ってくれるのも嬉しい。
 声も可愛い顔も可愛い笑顔も可愛い性格も良い。そんな宮坂と一緒に居ることをどうして噂話にされなくてはならないのだろう。宮坂と一緒に居ると俺はとても幸せなのだ。

 ホ・モ。
 よく知らないしそんな風に言われたってよく分からないけれど、宮坂にこんな気持ちを抱くことをそう呼ぶのならまぁ好きにしてくれよ、と思う。
 …好き。じわじわとその言葉が広がる。
 不思議な気分だった。
 宮坂の笑顔が見たいなあ、ぽつりと思う。



 だけど次の日。どうしてか宮坂にいつもの元気がなかった。
 噂話のことなんてすっかり忘れていた朝、心当たりなど皆目見当がつかなかった。

 おはよう。最初に会ったときなどいつもは飛びついてきてたくさん話すのに、今日は寂しそうに挨拶をしてすぐどこかに行ってしまった。

 ご飯を食べているときも黙りこくっていて、おかずを残していた(プチトマトは今日は入っていなかった)。
 何かあったのか?そう聞いたのに教えてくれない。

 それじゃあ。お別れを告げる顔は悲しげで、俺まで辛くなってきた。
 宮坂の笑顔が好きなんだ、見ていたいんだ……俺は宮坂が大好きなんだ!
 心の中、後ろ姿に叫んだ気持ちは人混みに紛れて散らばった。



 5限が終わると俺は急いでグラウンドに出た。宮坂に会うんだ。すぐにでも会いたい。
 今日だけで何人かに、宮坂と俺の関係について聞かれた。
 大声の男子、やたらニヤついた女子。イライライライラ。いいだろ放っておいてくれ!…ああ俺は宮坂が好きだ、それのどこが悪いんだ!

 もしかすると宮坂も、そんな風に大勢にかこまれていたのではないだろうか。嫌だったかもしれない、怖がっていたかも、気持ち悪がっていたかも、辛かったかもしれない。
 ・・・俺が嫌になったのかもしれない。迷惑だ、って。

「か、ぜまるさん…どうしたんです?」

 ハッとする。宮坂!宮坂がおずおずと、俺に近づいてくる。

「なぁ宮坂、俺」

 逃げないように肩を掴む。カバンを落としてしまったがどうでもいい。びっくりしている宮坂に、告げる。

「俺、お前が好きなんだ」

 緑色のきれいな瞳が見開かれた。

「あっ、あの」
「なんだ」
「噂話」

 やっぱり、宮坂も聞いていた。何を言われるんだろう、構えてしまう。

「僕なんかとあんな風に言われて、イヤじゃなかったですか」
「イヤじゃないから今好きだって言ったんだ」

 宮坂の顔がむずむずと歪む。泣きそうな顔だった。

「僕あの、風丸さんが僕なんかと噂されるのイヤかと思って、だけど僕も風丸さんが好きで、大好きで、風丸さんはっ…」

 好き。その言葉に胸の奥がぎゅうっとなる。気付いたら宮坂を抱きしめていた。

「宮坂、ホントに俺が好きか」
「好き、大好きです…風丸さんも僕のこと、ホントにホントに好き、ですか」

 体を離す。真っ赤な顔の宮坂を見て、やっぱりこの子は可愛いな、そう思う。

「好きだよ」

 柔らかい前髪をあげて、額にキスをする。

「風丸さん、口がいい」
「ふふ、宮坂」

 わがままだなぁ、もう一度背中に腕を回す。
 そっと触れた柔らかい唇までもが愛おしくて、他の何もかもが頭から飛んでゆく。宮坂が大好きだと、ただただそう思った。