沈んでいる




 あいつは帰れたのかな。

 十数年生きてきた中で確実に最大の事件のその後、少女はふと思った。
 件の事件、沈んだ船。
 自分を含めた中学生たちは、全員生きて脱出した筈だが…さて。
 あいつ、の姿だけ、そういえば確認していないのだ。

(不動……明王。アキ、オ)

 湿った海風、沈んだ船、日常を取り返した埠頭。
 少女・小鳥遊はゲンバ、に1人立ち尽くす。


「キミ、また来てるの」

 不意に、背後から声を掛けられる。
 驚いて振り向く。作業着を着た男性がいた。

「あ、驚かせた?ゴメンね」

 ヘルメットの下を掻きながら、男は小鳥遊の隣に腰を下ろす。
 なんなのよ、言おうとして小鳥遊が口を尖らせる前に、再び作業着が口を開く。

「キミ最近よく来てるよね。危ないからダメだよ?女の子が来るような場所じゃないって」
「うるさいなァ」

 キッと睨む。しかし男は尚微笑みを湛える。そして、

「そうそう。これあげる」

 小鳥遊に、コンビニの袋を差し出した。

「肉まん。好き?」

その言葉に、ふと思い出す。






「不動、コンビニ?」

「そーだけど」

「肉まん」

「ハア?テメェで行けよ!」




「…ドウモ」
 袋を開ける。我ながらなんて不用心。だけど自暴自棄の気持ちでその中身を食む。




「おらよ」

「ハハハ!ホントに買ってきた!」

「なっ!なんだよバカにしてんのか!」

「んーん。サンキュー」




 あれ。知らないうちに涙が出ている。
 えっ!どうしたの、大丈夫?!
 隣の知らない男の声なんて耳に入らない。

(ねぇ不動、あたしはバカだよ)

 今更好き、だなんてもう遅いのに。
 辛かった。憎かった。ワケが分からなかった。だけどアイツと出会えた場所。
 この海に沈んでいる時間を、取り戻せたらいいのに。

「あいつ帰っちゃったのかな」
 涙声は海風に攫われ、もう彼方。