蝶々結び




 戯れにしたキスにはお互い何の意味も込めていなかった。僕たちはにっこりと微笑んだ。



 僕とマキちゃんはとっても仲良しで、いつも僕らは一緒に居た。風子さんや留美ちゃんと4人でお話しすることもたくさんあったけれど、なぜだかマキちゃんとは一番気が合う。マキちゃんも「論といるとたのしい」と言ってくれたことがあった。だから僕らはいつも一緒にいた。
 昔からそんなだった僕を、隆一郎は「オンナといっつも一緒に居て、オンナみてェ!」とバカにしたことがあった。
 幼かった僕はその時、ぐずぐずと泣いてしまったと記憶している。
 その後風子さんが隆をシメていたのも覚えている。それから留美ちゃんはお菓子を持ってきてくれて、マキちゃんは僕の髪にリボンを結んでくれた。長い髪の毛に憧れていた僕のオカッパ頭の一房をとって、マキちゃんのキレイな髪に似た水色のリボンを(そしてそれは机の引き出しに大切にしまってある)。



「髪、伸びたよねー」

 僕のそんな回想を見透かしたように、マキちゃんがマカロンを持っていない方の腕を伸ばして、僕の髪に触れた。
 わしわし、とされて気持ちがいい。

「でも最近痛んできちゃって…」
「えー?マキの方がひどいんだけどー」

 そんな風にいつもどおり、色んな話をたくさんして、それで気が付いたら僕らはキスをしていた。ほんの、たわむれに、でたらめに、いたずらに。顔を離したあと、2人でなんだかおもしろくなって、にこりと笑い合った。

「マキ、武藤」

 声がして、ふとそちらを見やると、入り口で隆がふるふると震えていた。

「おっ、おまえらっ今、なっなっ…何何何してんだ…!」

 隆は真っ赤な顔をしていた、色黒だから分かりづらいけれども。だけどその瞳がいたく悲しんだ色をしていることは、ハッキリと分かった。

「なにって?チューしたの」

 なんでもないようにマキちゃんが言うと、隆は何か言いたげに口をパクパクする。

 僕は知ってしまっていた。僕は気付いてしまっていた。隆がマキちゃんを大好きなこと、とっくのとうに知っていた。
 風子さんと留美ちゃんと、そのことを一緒に話して、マキちゃんは鈍いよね、って笑ったりもした。
 僕とマキちゃんがそういう話をしたことはそういえば無いのだけれど、マキちゃんは隆のこと、どう思ってるんだろうなあ。
 ぎゃあぎゃあと楽しそうに言い合う2人を見つめながら僕は、自分の恋が始まる前から終わってしまったことを、悟った。

 マキちゃんが蝶々結びをしてくれたとき、とっても嬉しかった。似合ってるって隆が大笑いしたことも、とっても嬉しかった。