この愛は致死量のモルヒネ




「好きなの、つくしさんが」

 つん、と通る声。向かい合う彼女と彼女。受け取った言葉の意味するところを大谷つくしは、理解していた。

「女の子が好きなの?」
「つくしさんが好きなの」

 大谷は顔をしかめたい気分に駆られた。偏見があるわけでは無い。自分の魅力を認められて嬉しくないわけでも無い。冬花を気持ち悪いとは思わない。大谷はただ、怖かった。

 大谷にとって久遠冬花はまだまだ付き合いの浅い方に分類される人物で、共通の友人知人が多々居るからこそ続くものの、会話の具合は可もなく不可もなく。それでもこうして二人でカフェでお茶する程度に関係は良好だった。
 周りにあまり居ない大人しい性格の冬花を大谷は大切に思っていた。過ごした時間は短いけれど、人間関係にはそういうケースだってある。好きか嫌いかと言われたら勿論好きだと胸を張れるだろう。

「え…と、なんで?とか聞いていいのか、な」
 コーヒーカップに手を当てて温める、緊張して震える。
「たくさんあるよ」

 中学生女子にとって恋愛の話は何より賑わうネタだった。例に漏れず大谷もそういう話題が大好きだ。周りが「つくしは東でしょ?」なんて言うから、今では面倒だし好きなヒトはクラスメートの東ということにしている。わたし東くんが好きよ、という情報は、他の子の話を聞くための交換条件みたいなものだった。本当に好きになれる人は一向に表れない。

(好きな人、恋をする、)
(わたしは冬花ちゃんに見つかった・みたいな)

 本当に好きな人ってなあに?冬花がそれを知っているのだろうか。彼女の気持ちに触れてみたくもあった。アブノーマルな状況に驚いて胸が変な音をたてていた。
 男の子と手を繋ぐことも、キスすることも、大谷は未だ何も知らない。
 冬花ちゃんはわたしに何がしたいの。それを思ったとき恐怖が好奇心を上回る。

「ご…めんね、でもわたし好きな人、居る…」

 好きな人?
 本当に好きでもない人を盾にして、冬花の気持ちを受け止めない。それにどこか罪悪感を感じるのは果たして。だってイヤならイヤと言って良いのだから。
 ショコラは適温を失っていた。大谷はそれを飲み干すと、なぞるように冬花の表情を窺った。真っ直ぐな視線に捕まえられる。がやがやと賑わう店内、冬花の瞳が縋る声が明瞭に届く。(つくしさん、好き)怖いのもう、よして。



 喫茶店から攫ってきた煙草の臭いが二人の間に漂っていた。大谷は、学校を出る前に耳の裏側に香らせたソリッドパフュームのフリージアが名残惜し気にしがみついているのを感じた。冬花が以前好きだと言ったそれを、なんとなくこの日も付けていた。言い表せない…虚しさ。
「それじゃあ」と大谷が告げると冷たい冬花の手のひらに捕まえられる。もういいよ、口に出さずに大谷がそれを拒否しようとするも、冬花が許してくれなかった。
「また、会って欲しい、です」



*



「つくしちゃん?」
 教室は冷え切っていて、壁の時針はピンと背を伸ばしていた。サッカー部の声が止んで間もなく、木野秋が忘れていた教科書を自分の机へ取りに来たのだ。
 大谷が伏していた。置物になったように椅子から机へ彼女のラインが動かない。


(また、会って、欲しいです)
(……ごめん、ね)

(リピートリピートリピートリピート、あの日を思い出すと動けなくなる)


 会うことが少なくても大切な人でした。好きだと言われた香水をいつも付けていました。告白を受け入れなかったことを謝りたい程引きずっています。…受け入れることは、それでもきっとできないだろうけれど。
 わたしだって冬花ちゃんが好きだった、ただその強さがきっと違うだけで。
 一緒に過ごすことの幸せとか口に出さなくても安心している好きでいるとお互い分かるとか同じもの見て笑うとかメールで約束決めるとか、それだけ。今まで過ごした時間で満足していた。好きになるとは、恋をするとは、それ以上を望むことなのだろうか。


 伏した机に溶けてしまいたいような眠気の中で大谷は辛うじて友人の手のひらを背中に感じる。
 ずっと後悔するのだろうか、彼女の愛とわたしはどう生きられただろうか、やはりもう会えないだろう、か。
 木野の声が遠くなる。
 いつか冬花に忘れられる。いつか本当に好きな人が見つかる。そうしたらこの痛みは潰える。浸食してしまわないうちにはやく。
 凍ったように眠る大谷を木野は恐ろしく思った。小刻みに震える背中に何をかけたら良いのかついにわからなかった。

 混濁した意識に沈んでいく。眠る。









title:guilty