まさか




 唇を奪われた。
 ねじ込まれた舌の感覚が、まだ口内にくすぶっている。きもちわる。
 手首を掴まれて壁に押し付けられたまま、身動きさせてくれない。力じゃさすがに負ける。

「なに、考えてるんですか」
「続きはどこでやろうかな」
「…さいあく」

 男に無理やりキスされるなんて(しかもファーストキスだった!)最悪と言う他無い。だけど怒りを通り越して、僕の頭は冷めていた。…麻痺していたとも言うかもしれない。

「クール先輩は男の人が好きだったんですか」
「イヤだな、女の子だって好きだよ。だけど今は、キミだけだ」
「…だからって、こんなこと、許せるワケないです」
「言ってくれるねェ中谷くん」

 不敵に笑うと、クール先輩はまた顔を近付けてくる。
 ふざけるな!思って反射的に、頭突きをしてしまった。

「あいたたた…全く中谷くん、子どもじゃないんだから…」
「イヤです!もう離してください!」

 もう、この人はどうしてこんなにひ弱そうな顔をしておきながら、こんな力を持っているのだろう。
 両手首の痺れを感じる。離してくれない。こわい。

「こんなに人を好きになったのはキミが初めてなんだ、中谷くん、ねえ」
「うるさいうるさい!」
「ふふふ、まあウソだけどね」

 ドキ、っとする。じゃあキスなんてしないでくれよ。なんのためにしたんだよ。

「あっはは、ちょっとイヤだった?」
「…もう全部イヤです」
「嫉妬した?やっぱりキミ可愛いな」

 話を聞けよ!言おうとしたが、油断。唇を塞がれる。そして先輩の手のひらが、いきなり服の下の素肌を触れてくる。

「んっ…っは、ちょっと!やめてっ、触らないで…」
「ホントにそう思ってる?」
「やめて、やめてくださいってば」
「そそられるね、勃っちゃ「うるさい!」

 こわい。人が怖い。この人も怖い。嘘吐きだし嫌い、である筈なのに。
 口付けが、手のひらが、嘘を吐いていない(と思う)。優しかった。

 やっぱり今僕の頭は麻痺しているみたいだ。騙されているだけだぞ!という頭の中の警報が効かない。
 このまま、触れていて欲しいかもだなんて。信じられない。流されてしまっても良いだなんて。