終了
人間不信、と彼について聞いている。 だったら尚更僕のような人間は、彼にとって恐ろしいだろう。 同じフォワード同士だから交流はある。だけど中谷はいつも逃げ腰だった。 彼はそんな風だったが、僕は違った。 どうしてだろう。 いつか見た気弱そうな笑顔が、打って変わって強気なシュートが、黒上くん・と遠慮がちに呼ぶ声が、僕をたまらなく惹きつけた。 恋、とは呼べない程度だったとは思う。だけどなんとなく目で追い続ける、そんな毎日だった。 ある日。チームにある男が入ってきた。 空野ルイ。ひとつ年上。 見目こそ良かったが嘘ばかりつく困った人で、騙されやすい中谷はあっという間に空野さんの恰好の餌食となってしまった。 靴が逆だの毛虫が付いてるだの、くだらない嘘も多かった。UFOだ!にさえ中谷は騙されていた。 「好きな子程からかいたくなるんだよね」 そんな声を聞いたのは、練習後に顔を洗っている時だった。 誰かと空野さんの談笑。話題は「中谷くん」。 好、き? 「好きぃ?!」 頓狂な声でもうひとりが叫ぶ。 「うん、大好きだよあの子。かわいいと思う」 蛇口を止める。タオルに顔を埋める。 空野さんが、中谷を、すき。 この所、嘘の回数も悪質さも増している気がする。そんな理由だったの、か。 別に好きではない。まだ僕は恋してはいない筈。 それでも、もし中谷が何かの間違いで空野さんを好きになったら? 少し、不愉快だった。 そしてそれと同時に気付くことがあった。 中谷に元気がない。俯き。ため息。 きっと…いや、絶対に空野さんのことだ。彼の嘘に振り回されて辛いんだ。 可哀想な中谷、僕が助けてあげなくては! …それならば、僕にはこれしかない。 中谷が困っているなら、空野さんの所為なら、この僕が気付いてしまったなら。 呪うしかない、僕にはそれしかない。 もしかするとこの歪んだ気持ちが、恋だったのかもしれない。 「なん、で…」 サイレン、赤いランプ。どよめき泣き声真っ赤な血。横たわる男は空野、ルイ。 「あっ、あ、クール、さん…クールさん、クールさん…っ!」 中谷が泣いている。どうして、どうして? 僕は震えていた。どうしてどうしてどうして、 彼は死んだ? 呪い殺すつもりは毛頭無かった。ただ少しだけ思い知ればいいんだ、って。 僕は、呪いならいつも思い通りにできたのに。さじ加減を間違えたりなんて、しなかったのに! でも僕のせいとは限らないんだ。だって事故だったんだろう?僕のせいじゃ、ない。僕が殺したんじゃない… …即死だったらしい。 車が、歩道を歩いていた空野さんに突っ込んできて。 「やだ、やだやだクールさん!!」 中谷が泣き崩れる。白い車が、空野さんを連れて行く。赤い、サイレン。 「黒上くん…」 夕暮れの河川敷、へたり込む僕の元に一番来てほしくない人が来た。 「中谷」 名前を呟く。隣に腰を下ろしてくる。 「どうしてクールさんが…」 赤い目を伏せ膝を抱える中谷に、僕はなんて言えば良い? 僕は彼を呪ってたんだよ、キミのために。だから彼は死んだのかもしれない、そんな風に? ………ねぇ、なんでそんなに悲しんでいるの?キミは空野さんが苦手なんじゃないの?たくさん騙されて辛かったんじゃないの? 「実はオレ、クールさんに告白された」 「…え」 あの日の雑談を思い出す。大好きだよ、あの子。空野さんの声。思い出す。 「嘘じゃないから、本当だから、って。ずっと側に居たい、って」 涙声になっていく。まさかまさかまさか、 「オレも好きです、そう言った……ねぇ黒上くん、引かないでよね、ちょっと思い出話してるだけだから聞いてね」 黙りこくった僕の横顔を、頭巾の中まで覗きこんで伺う。 「引かないよ」 僕だってキミを少しだけ…それに、もっとひどい言葉を僕はもっている。 「ありがとう…でもオレ、最初告白されたとき信じられなかった。本当かどうか分からなかったから、悩んだ」 …まさか、あの日のため息。嘘だろ、それこそ嘘だろ。 「昨日もう一回好きだって言われて、その時信じるって決めた」 結局ずっと側には居てくれないらしいけど。崩れそうにそう、笑った。 うそ、だろ 「…黒上くんにこんなこと話すなんて。言いにくいんだけどオレ、君のこと怖くて少し苦手だった」 「仕方ない」 「誰にも言わないでね」 中谷が立ち上がる。言わないよ、返事をした後少し考えて告げてみる。 「僕はキミのこと少し好きだった」 「…ありがとう」 どっちの意味?中谷は聞かなかった。 「僕が呪いとか黒魔術好きだって知ってた?」 「そうなんだ?」 「……たとえば恋敵だった先輩に呪いをかけてみたり」 中谷の吊り目がカッと見開く。 ねぇ僕、これからどうなるの?中谷に問い詰められて、殴られて、泣かれたりする? 怖かった。ひたすらに怖かった。どういうこと?中谷の唇が動く。どうしようもなく、怖かった。 |