魔法が解ける時





 中谷くんという少年に出会った。年はオレよりひとつ下。
 彼はとても騙されやすい。彼はとても傷付きやすい。

 オレが嘘ばかり吐く男だと、中谷くんは知らない…ということもあるだろう。
 彼はオレの嘘たちを、何の疑いもなく信じていた。

「すごいですねクールさん」「クールさんならあり得ますね」「さすがクールさん!」「クールさんかっこいいです」

 そんな風に言ってもらうこと、慕ってもらうことはとても嬉しかった。
 人に騙されすぎて人間不信だと中谷くんについて聞いたこともある。
 本当かどうかは知らないが、そんな彼が嘘吐き男を慕うというのも皮肉だとは、思う。
 時々、チクリ。今まで感じたことのない痛みを感じたりもした。


 ある日、中谷くんがおずおずとオレを呼び出した。

「クールさん、オレ」

 同じ表情を知っている。過去何人もが、オレを好きだとこんな顔で言った。女の子たち、が。

「あなたを好きになってしまいました」

 やっぱりだった。
 だけど、男が?男を?
 正直、そんなこと言われても困ると思った。
 好き?それでどうするんだ。男同士でキスしろと?セックスしろと?気持ちが悪いとさえ思ってしまった。

「ありがとう、中谷くん。オレもキミが大好きだ」

 だけど。今思えばその時から、オレこそ彼に恋していたのかもしれない。
 がっかりさせたくない、泣かせたくない、嫌われたくない、側に居て欲しい。
 ホントのことは言いたくない、そういつもみたいにひねくれてあんな風に返事したのではない筈だ。
 オレはあの時こそ初めて、彼に本当のことを言ったのではないだろうか。

 それならどうするんだ。
 今までオレを、かっこいいクールさん、を作っていた全てが嘘だと中谷くんが知ってしまったら。

 中谷くんが走ってくる。笑っている。
 魔法が解けたらもう二度と、彼がこっちを見てくれることはないんだ。
 オレは弱い。変わることなんてできない。
 こんなに好きになってしまったのに、今までの女の子たちのようにニセモノの自分でしか愛せないなんて。上辺だけの嘘しか言えないなんて!
 悲しかった。だけどそれが、純粋な彼を騙してしまった罰なのかもしれないと思った。