小指に絡めた赤い嘘




 最初からあんたのことが大嫌いだった。大嫌い、大嫌いだ。
 うそ、本当は大好きだった。だけどそんなこと認めるわけにはいかなかった。大嫌い、大嫌いなフリ。
 霧野先輩のばーか、あんたにオレの気持ちなんて悟られますまい。
 あの人に対していい子ぶる必要なんか無い。認めてもらわなくても良い。嫌われればいい。(嫌われたくない、認めて欲しい、そのままの自分を知って欲しい…なんて、思っては、いない、うそ、)

「霧野…、」
「…せめて先輩を付けてもらえるか」
「うっわ」

 どうしてこの男はオンナ向けみたいな絵本から出てきたような容姿をしているのだろうか。ばかみたいに鮮やかな桃色の髪が、くすりと笑うように風をいなす。
 突然の登場にやや驚きもしたが、部室に部員が出入りすることに文句を付けても仕方ない。名前を呟いてしまったことに薄い後悔。

「何か言いたそうだな、狩屋」
「別に何も無いっすよー」
「そうかよ」

 吐き捨てるように言ってぷいと顔を背ける。うなじが目の前に現れてぎょっとする。嫌い、嫌い、必死に声を出さないで呟く。そういえば、キライ、って漢字書けない。
 後ろ姿に無意識の一点集中を投げていると霧野先輩がそれに気付いて眉をひそめた。やべえと思って目を逸らしたけれど、一瞬視線がかち合う。

「人の着替えジロジロ見てんなよ」
「見ていませんよ、自意識過剰ですね」

 またイヤそうな顔をする。沸点低いなあ、と思うと少し楽しくて、笑い転げそうになるのを必死に抑えた。

「霧野先輩背中つやっつやですね」
「見てんじゃないか」

 ため息、几帳面に畳まれたユニフォームを広げる、左から袖を通す。ふ、とつい笑い声を漏らしてしまうが今度はこちらを向かない。少し、つまんない。


 それからその数分間も練習の間も帰り際も会話らしい会話は無く、安堵、ちらっと顔を覗かせる落胆、その度ながれるキライキライキライのリズム。
 大嫌い、そうでなくてはならない。大好きだと一度決めてしまったら、止まらなくなってしまう。しかし無理やり抑えつけたり想わないようにしていると、それとは逆により意識してしまうものだ。どうしてだろう、そもそも何故、こんなにも彼に惹きつけられる事態になったのか。…それが分からないから、大好きだなんてわがままは理屈でどうにかなる代物ではないから、仕方ないし手に負えない、そうだろう。

(ばーか、霧野センパイ)
(だいっきらい、の、反対)

 好きな奴とかいてもいいから何とも思われなくてもいいから一回だけでいいから優しい言葉をかけて手を繋いで欲しいそれだけで、いい。オレのことなんてもう嫌いでいいから爪を立てられてもいいから。
 ・・・優しくしてなんてとても言えない、優しくするなんてとても出来ない。だけどそれができなきゃ欲しいものひとつ貰えないなんて、人を恋しいと思うことは如何に自分にし難いことだろう。だけどもう、大嫌いなんて、思えない。








title:花眠