あなたが傷つけばいいのに




 ひとりで流す涙はじとりじとりと顔面の隅々を舐めていく。流しっぱなしのぬるま湯に更けた夜は重たくなる。布団のなか、じっとして通り雨をやり過ごすのだ。
 風丸さんが手を伸ばすでしょう、僕を助けるみたいにね。それが僕のまぼろし。
 まだ僅かな時間でしか彼を知ることができていないのに、僕は彼にとって大きな存在では無い筈なのに、僕の心で勝手に陣地を広げていく彼への想いが痛いくるしい。病気みたいに蝕んでくる彼のまぼろし。
 風丸さんが好きです。

(ひとりで流す、なみだもせいしも、僕だけの温度を保つから)

 あなたが居なくては、僕はこのままだと寂しい。



 試験期間で部活の無い放課後のひとつを選んで、風丸さんに駄々をこねた。勉強教えてくださいと。カラになった二年生の教室を借りる。風丸さんが毎日を過ごしている場所だということ、普段入らない上級生の教室だということ。緊張に足が僅かに震えた。
「えっと、何が分からないんだ」
 尋ねたあと社会科は無理だと苦笑する風丸さんに笑みを返してから、彼が得意だという数学を挙げた。方程式らへん?そうです。二つ並べた席、椅子をがちゃがちゃ引いてカバンから教科書を出す。

 エックス・イコール・プラス、ルーズリーフに記号が散らばり、頭の中に順序立てて入ってくる。風丸さんの教え方はそれはもう上手で、一緒に居る口実からお願いしたものの、それを抜きにしても頼んで良かったと素直に思えた。
 ひと段落して風丸さんが休憩、という。ペットボトルを取り出して口にした。いつも通りのなんでもない姿に、いつもより心臓を鳴らしてしまうのはどうしてかな。
 横顔、流れ落ちる髪、一番好きなのは茶色の目。それらを隣に感じることがなぜだか不思議で夢みたいだ。木とパイプの椅子をふわりと離れてまるであなたと飛ぶように。ああ、あれ。
 毎晩見る風丸さんのまぼろしの手首を握るときの要領で僕は風丸さんを




(僕があなたを想うことにどれほどの痛みを伴うのかあいされることはきっとないだろえということにむねがきずだらけであなたをかんがエているとこうふんしてしまうのですだとかいろいろ々いろあなたにこころをうち砕かれているぼくはあなたがかぜまるさんがすきすききききき)





「じゃあ、風丸さん、ありがとうございました!」
「ああ、頑張れよ」
「はあい」

 七月のまだ明るい夜にひとりになった。風丸さんは僕の気持ちなんて知らないまま、そうだろうきっとこれからも。
 全身で彼を求めている。手に入らないもの。痛いです痛いです、風丸さん。
 どうして僕はひとりなのだろう、まぼろしはいつだって鮮明だよ。だから風丸さんだってもっと辛そうに僕を見るべきなのだ。風丸さんの心を僕が奪ったら、彼に同じ痛みを知って欲しくて欲しくてたまらない。






web企画ねえ先輩、さまに提出しました