たとえばシンと帳を下ろされた深夜などに、たとえば放課後の空き教室などに、たとえば乗客の少ないバスなどに、あなたのことだけをふと考えなくてはならない瞬間があった。そういう場合必ず僕はひとりで、周りの音や声は絞ったラジオのようにささやかで、あなたは唐突に僕の思考を遮ってくる。
 時間が止まる…などというエスエフを体験したことは(これから先も多分)無いが、まさにそれを比喩として用いるべき瞬間だ。あなたを想う瞬間は総じて。
 ヒラリと閃く水色の頭髪は高い位置で結われており、彼の動きに合わせて波打つように笑う。それが好きだ。そのポニーテールがまず僕の脳みそに流れ込む。
 次に彼は僕を呼ぶ。
「宮坂」
 もしかして本当に来てくれたのかな、と期待する程その声は鮮明だ。だから僕は急いで顔を上げるのだが、のろのろとそのまま下げることになる。これは嘘の声。
 余韻を残す声を聞きながら僕は彼の笑顔を感じる。はにかむような弾ける笑顔は実に爽快で、これにはどの運動部員も適わないのではないかと僕は半ば確信している。
 その先は簡単だ。
 陸上部のノースリーブのユニフォームを纏った風丸さんを僕は楽々完成させる。あなたが再び僕を呼ぶ。

「宮坂」
「なんですか、風丸さん」
「最近フォームが良くなってるな」
「わ、ホントですか?」

 風丸さんが褒めてくれるとついいつも自分で自分を誇大評価してしまいがちだ。彼の声は必要以上に僕に作用する。だけど心地良いそれにいつも身を任せてしまう。

「宿題、できてるか?」
「いや…まだです」
「分かんなかった聞けって、この前言ったじゃないか」
「だってー、恥ずかしいですもん」

 そうだ、先日同じように風丸さんと話していたとき、優しく心配してくれた彼を思い出す。嬉しいし有り難いけど、バカだと思われるのはやっぱり恥ずかしい。
 取り留めの無い会話をして、たくさん笑って、そうして風丸さんは「じゃあな」と去ってしまう。それから僕は安心して眠ったり、部活へ足を急がせたり、バスのベルを押したりする。
 サッカー部が活躍するようになってから、今までみたいに風丸さんと話す機会はめっきり減ってしまった。だからこの少しの時間が僕には至福だった。風丸さんが何よりの話し相手で、好きなひとだ。
 いつか風丸さんがいつでも隣に居てくださいますように。
 最近の僕はどうも欲張りで困る。風丸さんもそう苦笑した気がした。