さようならの消えた日々





 明日を気にしない恋にできたら良い。明日にでも終わるような、明日終わっても全部無かったことになるような、そんな気楽な気持ちで出来る恋ならば、一緒に居ても良い。

 後輩の宮坂に告白をされ、一晩考えて出した心は言葉はどうしようも無いものだった。オレは馬鹿だったけど、宮坂を突き放すことはしなかった。告白を受け入れた。そうしてそれから二人で過ごす時間は正直、心地よかった。
 宮坂に告げられる好き・が友愛や憧憬の念とは違う、男と女で交わされるようなそれだとは最初から分かっていた。受け入れた自分にもその意識があったかといえば、それは嘘にもなるし本当にもなる。流されたという程押しに弱い自分でも無い。なのにオレたちが結びついた理由。それは宮坂がオレの、オレが宮坂の、淋しさを埋め合う為だったのだと考えついたのはしばらく前のことだった。…それが勘違いだと知るには、随分時間が掛かったけれど。

(好きなんです、風丸さんが)
(…オレも、好きだよ)

 夕暮れたあの日の残響がオレを離さない。宮坂と付き合いを始めた、あの日から数えて今日は半年になる。
 男同士の恋なんて、ずっと未来になればお笑い草になる。将来はきっとオレだって気の合う女の子と出逢って恋して結婚して、とどこかで思う自分が居た。
『今だけ』
 お前がオレを好きなのだ、いつかこんなの終わるから。今だけ、オレたちには今しか無い。こんな考えで一緒に居ることが後ろめたくて、でもそれは仕方の無いことだから、いつかサヨナラがオレたちを離すと考えて、
 ……不安で。



「…風丸さん?」

 覗き込む緑色の瞳、待ち合わせには大分早く来た筈なのに、少しも経たずに宮坂は現れた。驚いて声をあげると、笑われる。

「何です、びっくりして」
「いや、ごめん」


 周りの誰かにこの関係を教えることは無かった。だからといって密やかな過ごし方はせず、正直付き合う前と後で変わったことは少ない。一緒に出掛ける回数は増えた、手なんか繋いじゃうし、キスなんて初めてした、なんてこと位だ。自分でタイムリミットを設けていたからか、抵抗も羞恥も無かったとまで言える……言え、た。
 出掛ければ別れは惜しい、手を繋げば胸は鳴るし、キスをすれば宮坂が好きだという実感が募る。

(いつまでこのままなのか、もしかしていつまでもいいのか、)

 戯れ言と笑い飛ばしていたセリフを本心と気付く、滑稽なオレを宮坂は、それでも好きでいてくれるのだろうか。
 今日は遊園地。メリーゴーランドが廻ってもジェットコースターが走っても、モヤがかかったような気持ちは晴れなかった。


*


「今日はありがとうございました!」

 帰り際には必ず宮坂はこれを言う。大抵オレは「楽しかったよ」と返す。いつだってこれは、掛け値なしの本音だった。

「あの、風丸さん」
「ん?」
「今日ホントに楽しかったですか?」

 一緒に歩き出した筈の宮坂が一歩後ろで俯いていた。その向こうに真っ赤な空が見えて、つくづく健全なオレたちだと思う。運動部は早寝早起きが大事だ。明日も朝練に向かうオレたちは、いつもみたいに待ち合わせて違う部活へ別れるだろう。

「…どうかしたか?楽しかったぞ」
「風丸さん、ずっと自分がうわのそらだったの気付いてます?」

 訴えるその目が余りに悲し気で、自分が今まで宮坂を軽んじるようなこと考えていた・でもやっぱりお前が好きだと気付いてしまった…そのまま伝えることがはばかられた。
 宮坂が、好き。
 それを当たり前に思っていなくては成立しない関係なのに。寂しがっていのは、ずっと一緒に居たがっていたのは、明日も共に過ごしたいと思うのは、オレだった。

「…宮坂」
「は、はい」
「オレ、お前とずっと、一緒に居たい」
「僕もです」

 照れずに言えるか言えないかがオレと宮坂の違いだと思う。心臓が痛いのに。

「ちゃんと、気付いた、やっと」
「僕はずっと思ってましたよ」
「うん」
「もしいつか風丸さんが僕を嫌いになっても、それでも」
「…うん」

 にこり、まるで今までのオレの曖昧だった気持ちを知っていたみたいに。思わず口にでる、…ごめん。

「何がごめんですか。風丸さん、まだ僕を好きでいてくださいね」

 ああ、宮坂がオレを離さないのは、オレが宮坂を離せないから。
 そんな簡単なことに、どんなに幸せかということに、この日々を変わらず共にあるべきだということに、気付くのに随分かかってしまったように感じる。タイムリミットなんて要らない。今だけじゃ足りない。「好き」の言葉を言い訳する必要など無かった。宮坂がオレを好きでいてくれることに甘えていた。

「宮坂、ずっと、これからも」

 一緒に。それを呟くより早く、宮坂の唇が全部を掠め取っていった。未来をあげるよ、言葉の無いまま伝える。拡がる熱に受け止められた。







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