たそがれオレンジに隠す




 塗られたような夕方だった。オレンジ色のペンキだとかで。
 空っぽになった2リットル水筒に右手を塞がれる。スパイクやらタオルやらの入った重いカバンで肩が疲れる。大会帰りは大変だ。

 短距離走の要である風丸さんが居なくなったばかりのチームで、僕はそれなりの主力走者になっていた。
 だけど、彼より僕が速く走れるわけがなくて。
 憧れだった人の不在が、スプリンターとしての存在の大きさが、渦巻いて苦しめる。
 とても、寂しかった。

「宮坂?」

 疲労した足でだらだら、歩いていると非常事態。ジャージ姿の風丸さんが、後方で僕を呼んだ。


「お疲れさまです、練習ですか?」
「ああ。宮坂は今日は…大会だったか」
「ハイ」

 にこりと微笑んでくれる。おつかれ。
 大会の結果なんかを言って、すごいじゃないか、って丸い目をされて、会話は途切れた。

 思えば僕はこの人から始まったんだよなあ。元々走ることは好きだったけれど、風丸さんに憧れて陸上部を選んだんだ。
 だけど一緒に走れた時間は短かった。いつかまた。前に約束したダメ押しも、果たされるかは分からない。


「サッカー、楽しいですか」

 僕はサッカーをする風丸さんだってかっこいいと思う。
 一度だけそれを見た時に、応援するんだって決めたのに。

「ああ、楽しいよ」

 さっき僕に向けてくれた微笑みよりも格段にきれいに、風丸さんは笑うんだ。
 それがとても悲しい。風丸さんは多分自覚していない。僕が傷付いたことも、だから知らない。

「また試合、応援しに行きますから」

 だけど僕はしがみつく。嫌いになれる筈がない。離れたいだなんて思えない。あなたに憧れざるを得ない。

「ああ、待ってるぜ」



 この道でお別れ。じゃあなと手を振る風丸さんに呼びかける。

「また、」

 あ、デジャ・ヴ。

「また一緒に帰ったり、してくださいね」

 もちろん、と風丸さんは言った。翻って去る背中を見つめ続けた。



 また一緒に走ってください。試合見に行きます。一緒に帰りましょう。
 僕は未来に約束をつくる。ありもしないかもしれない、未来を待ち続ける。
 そうでないときっと呆気なく、僕と風丸さんは会えなくなるから、曖昧な約束でどうにか距離を守り続ける。


 本当は泣き叫んで縋りつきたかった。ずっと一緒に居たかった。風丸さんが大好きだった。