捨ててしまえ




 オールシーズン屋上は開放で、例えばこんな寒い冬の雨の日だってそれは変わらずに。オレと宮坂は傘も差さずに雨晒し。風邪の心配は要らなかった。
 オレの体温は残り僅か、多分宮坂もそうだろう。温めあいたい とは思ったが、僅かの臆病が邪魔をする。嗚呼、本能(生きたいとか愛したいとか愛されたい)。
 真っ直ぐな雨が音を立てる。

「宮坂」

 彼の耳にかじりついてしまいそうな程距離を詰めて名前をそこに。宮坂の爪がぎゅう、湿ったオレのワイシャツ越しの肌に憎らし気に食い込み、それを返事としてオレは続きを綴る。
「好きだったんだぜ」
「…なら、どうして」

 宮坂の声が裏返る。雨雨あめあああ「なんでだろ、な」へたり込むコンクリート、尻まで水が染みる。冷たすぎると痛くなる。体中、もう。

「宮坂を好きになったからかな」

 黄色い頭や緑の目は誰よりも目立った。アメリカ?と聞いたら日本、と返ってきた。その時の笑顔が忘れられない。
 僕だれにも走るの負けませんよ、風丸さんだっていつか抜きますし。そういえば風丸さん、お腹空きません?一緒に寄り道してくれませんかあ。
 オレを抜く?ははオレだってまだ負けないよ。しかし宮坂も速くなってるな。じゃあラーメン…ああそうだな、コンビニで良いか。
 宮坂なあ知ってるか、お前がオレを慕ってくれること、オレこんなに嬉しいんだぜ。好きな人居ますかなんてマセたこと聞かれて、ちょっと考えてみたけど強いて言うならお前かなって思って、そうしたらそれからなんだか宮坂が好きなような気がして、気付いたら宮坂が好きだったんだ。知らなかっただろう、分からなかっただろう?
 宮坂に好きな女の子ができてオレは失恋して、いつかまあ笑い飛ばせるさ忘れられるさって思ってた。思ってたけど無理だった。風丸さん風丸さんってお前はいつもみたいに笑うのに、お前がオレを嬉しそうにそう呼ぶのは恋じゃないんだということが辛かった。オレが宮坂を宮坂と呼ぶことにどれ程恋しい気持ちを縋る気持ちを苦しい気持ちを込めているのかお前は到底知りやしないんだ。なあ。なあ。なあ、オレを好きになってくれ。

 昨日の夜メールを打った。今日が来た。あと十分程で朝のホームルームだ。雨は朝から降っていた。宮坂は了解、の返信の通り屋上へ来てくれた。雨の中へ手を引いた。宮坂は寒がった。抱きしめたら払われ、そうなることを分かっていたオレは無感動。
「オレ、死にたいから、宮坂もどう」
 驚くような呆れるような嘆き色ライトグリーンの鈍る光が彼の顔面で花開く。それが欲しい。
「風丸さん、なんですか…それ」
「幸せになれないからさ」
「だからって死ぬなんて、何言ってるんですか?僕もどう、とか死ぬなんて冗談じゃあ無いですよ!」
 逃げようとする宮坂を手留める。

「好きだったんだぜ」「…なら、どうして」宮坂の声が裏返る。雨雨あめあああ「なんでだろ、な」へたり込むコンクリート、尻まで水が染みる。冷たすぎると痛くなる。体中、もう。「宮坂を好きになったからかな」

 幸せになれないままの日々と彼が幸せになっていくこれから。昨日部活の後、宮坂が女の子に告白したのを知っている。バスケ部のあの子。
 宮坂は今度こそ走って逃げた。全身濡らして教室行くのか。オレはもう追わなかった。

宮坂はもうあの声でオレを呼ばないだろう。ほらやっぱり、捨てることになった、こんな恋。屋上からそれをぽいと投げた。